深海のスナイパー(二十九)
イー407の指令所には、緊張感が充満していた。
いつもと違うのは判っている。洋上の大和が、いつもよりも遠くまで、敵艦を出迎えに行っているのだ。
いつもなら、水平線の彼方へ主砲をぶっ放すのであるが、何もせず、敵艦と対峙している。
こちらは、津軽東に配備された無人艦『蒼鯨』のプラグ五に接続し、赤弾の残弾六を確認した所だ。
そして敵艦の音紋データを採取し、送信が終わった。
「大和は何故、前に出たのでしょうか?」
盤面の配置を見て、副長が艦長に聞いた。
「今回は三隻だから、だろうな」
艦長も盤面を見て答える。
津軽海峡付近が描かれた盤面の東端に、敵艦三隻と、大和と磯風の位置が描かれている。
そこから西に、イー407と、津軽東の面々がプロットされている様は、完全に駆逐艦を包囲しつつある状況だ。
「敵艦から、動きはあるか?」
艦長がソーナー担当に聞く。
「まだ、何もありません」
「ソノブイも投下せずか?」
「敵のヘリが発進した様子はありません」
艦長が聞いた『ソノブイ』とは、そこに居ると判っている潜水艦をあぶり出すソーナー付きのブイで、主に航空機から投下され、海上で漂いながら潜水艦を探知するものだ。
只のブイなので、探知された潜水艦がそこに魚雷を撃っても、全く意味がない。正に、潜水艦には嫌な兵器だ。
「敵の狙いは、我々だと思うのですが?」
「そうだろうなぁ」
艦隊の配置が、また変った。
一直線に並んで、同じタイミングでジグザグに航行していた三隻。真ん中の艦が少し隊列を乱すように、少しずつ離れて行く。
大和から主砲を撃つ気配がしない。
随行している磯風も、魚雷を撃つ気配がない。
このままだと、本当に何もせずすれ違ってしまう。
それとも何か? 後ろを取って、取り囲むつもりだろうか?
「大和の進路が変わりました」
予想通り、駆逐艦の後方に回り込むような動き。
やや北海道沿いに進み、津軽海峡に突入する駆逐艦三隻を、ゆっくりと封じ込めるように大和が動いている。
挟み撃ちにする作戦なのだろう。しかし、距離がある。
「魚雷は、避けてくれるんだよな?」
艦長が副長に聞いた。副長は困った顔をする。
「一発くらいなら、当たっても沈みはしませんよ」
「そうだな」
艦長は笑顔になった。用意する魚雷は八発を想定する。
全部外れて大和に向かっても、何とかしてくれるだろう。魚雷の航跡は、全然見えないけれど。
「音響魚雷装填、壱番、弐番」
マイクを掴んだ艦長が、発射管室に指示を出した。
『音響魚雷装填、壱番、弐番了解』
発射管室から直ぐに返事あり。しかし、艦長は考えていた。
「有線魚雷装填、五番、七番」
追加の魚雷装填を指示した。
有線魚雷は、発射した後もイー407から操縦できる魚雷である。
『有線魚雷装填、五番、七番了解』
何の躊躇もなく、直ぐに返事あり。
しかしそれでも、艦長は考えていた。
「アクティブソーナーを感知。参艦から同時です」
ソーナー係からの報告を受け、艦長の顔色が変わった。