深海のスナイパー(二十四)
予定通り、鈴木少佐が『お土産代』を支払った。
これはイー407への『駐機許可』と言って良い。
「特典は、何になさいますか?」
だとしたら、その『特典』とは何なのか。
レジの女の子が案内のボードを、鈴木少佐に見せて聞く。
・全身ポスター
・等身大パネル
・特製ステッカー
この三つから選択できるらしい。しかし、全てが謎である。
「大きさは、どれ位ですか?」
余計な心配をし始めたのは弓原少尉だ。レジの女の子は、笑顔になって答える。
「『等身大』なので、私位です」
そう言って、自分を指さした。
「あっ、そうなんですか!」
何だか納得である。
レジの女の子は、モデルも兼ねていたのか。いや、それともモデルがレジをしているのか。
「等身大パネルって、ハッチ通りますかね?」
弓原少尉は笑いながら鈴木少佐に聞くが、聞かれた鈴木少佐だって、専門家ではない。苦笑いをするだけだ。
「潜水艦に搭載ですか?」
勘が良いのか、レジの女の子が聞いてきた。二人が頷くと納得し、直ぐにアドバイスをくれる。
「両手を『バキッ』って折らないと、ハッチ通らないみたいな?」
ちょっと待て。そんなことにチャレンジした兵がいたのか。
「でも、格納庫の方からなら、入るんじゃないか?」
鈴木少佐が嬉しそうに言う。そうだ。飛行機だって入るのだ。等身大パネルの一つや二つ、余裕で入るに違いない。
「イー407の方ですか?」
何だ? 物凄く勘が良いのか。レジの女の子が聞いてきた。二人が頷くと納得し、直ぐにアドバイスをくれる。
「まだ、帰港じゃないですよね? 『晴嵐』に乗ります?」
日程はバッチリ押さえているが、搭載機の『搭乗員数』までは、押さえていなかったらしい。
そこまでは、考えていなかったのだろう。言われて初めて鈴木少佐と弓原少尉は向き合って、残念そうな顔になる。
「少尉殿を、置いていきますか」
「是非!」「是非!」
鈴木少佐が、弓原少尉を指さして笑う。
すると言われた本人と、売主が笑顔で頷く。しかし、それは冗談であることは判っている。
「うーん『全身ポスター』に、しておきましょうか」
「丸めれば、何とか乗りますよね?」
二人は納得して頷いた。軍紀に抵触するかは知らぬ。
「どなたへの、お土産なんですか?」
不思議そうに、レジの女の子が聞いてきた。どうやら『全身ポスター』も、幾つか種類があるようだ。
「中島中尉です。ご存じですか?」
弓原少尉が答えた。
すると、今まで笑顔だったレジの女の子が、急に不機嫌そうな顔、いや、あからさまな『嫌な顔』になったではないか。
咄嗟に弓原少尉は、『あいつ、何やったんだ?』である。
「中尉殿ったらぁ、『お前の全身ポスターなんて要らない』って、言ってたんですよ? 酷くありません?」
中島よ。駄目だろう。
良いか? 好きな子には、ちゃんと好きって言うんだぞ?
変化球は要らないんだ。ド直球で良いんだ。
それに、全身ポスターぐらい、ちゃんと受け取るんだぞ?
「そうなんですかぁ。酷い奴ですね。良く言っておきます」
弓原少尉がそんなことを言うものだから、レジの女の子は驚く。だって、階級的には、酷い中島中尉の方が、上なのだから。
薄笑いを浮かべながらも、心配そうに聞く。
「大丈夫ですか?」
レジの女の子は、どんだけ事情に詳しいのか。そちらの方が謎である。そんな心配を他所に、弓原少尉は答える。
「あいつ、俺の同期なんで」
そう言って、自分を指さした。レジの女の子は『うーん』な顔だ。
「俺からも、良く言っておくよ」
鈴木少佐の言葉で、レジの女の子は途端に笑顔となった。
振り返ると、壁際にある丸い筒を物色し始める。
「じゃぁ、この『全身ポスター』にしちゃおっと」
そう言いながら長い筒を引き抜き、振り返ると、カウンター越しに渡して来た。それを弓原少尉が受け取った。
驚いた顔である。多分、想定したより、長かったのだろう。
鈴木少佐と弓原少尉は向き合って『操縦席に搭載可能か』検討しているが、苦笑いをするばかりだ。
そんな二人に、レジの女の子が伝言を依頼する。
「中尉殿に、『本物は絶対に見せてア・ゲ・ナ・イ』って、お伝えください!」
強めの語尾。しかも笑顔で言われてしまった。
鈴木少佐と弓原少尉は、再び向き合ってしばし考えたが、その意図が判ると笑顔になり、レジの女の子に、揃って頷いた。
揃って右手の親指を立てたポーズで。
中島中尉の恋は、どうやら残念な結果で終わってしまったようだ。