深海のスナイパー(二十三)
「いらっしゃいませぇ」
売店でレジの女の子に、エロい商品をお願いする男の子の気持ちは、未成年が酒・たばこを買うときと似ている。
「はい。こちら『ハーレムセット』ですね」
隠していた気持ちを、ズバリ言い当てられると、人は思わず言訳をしてしまう。
悲しいかな。それもまた、人の定めである。
「あっ、そ、そうなんですね。まぁ、それで」
弓原少尉は、後ろの鈴木少佐の方をちらっと見て、『知らなかったけど、良いですよね』の同意を得る。
急に振られた鈴木少佐も、『良く判らないけどそれで』な顔をして、頷く。ちょっとだけ、口を尖らせながら。
そこでお金を払って、さっさと任務へ向かう。何なら『つりは要らないぜ』の一言があっても良い。
二人はそう思っていた。そうなるはずだった。
「世界の美女、実写版、目隠し・モザイク無し版で、よろしいでしょうか?」
「え?」
笑顔でスラスラと言われた意味が、良く判らない。いや、判るのだが、ちょっと待て。
レジに持って行ったのは『トランプ三箱』のはずである。
「こちら、世界の美女、実写版、目隠し・モザイク無し版の、三箱セットですが、よろしいでしょうか?」
「はい」
そう答えたものの、弓原少尉は救いを求めて振り返る。
そこでレジ横の単三電池を手にしていた鈴木少佐は、冷静だった。頷いて単三電池を棚に戻すと、レジ向かって聞く。
「他に、どういうセットがあるの?」
一応聞いてみる風。それは、大切な買い物をする前に、自分でも気が付かずにしてしまう行為。自分を納得させるためでもある。
しかし、レジの女の子は鋭かった。一瞬で二人の関係を見抜く。
金を出すのは、こっちの少佐殿であるということを。
「こちら『世界の美女』『大和撫子』『世界の制服』の三種類から、
バリエーションとして『実写』『イラスト』『ホログラム』、お好みで『有り』『無し』がお選び頂けます」
立て板に水。しかも解りやすい。
それを聞いた鈴木少佐は右手を顎にあて、考えている。
ふと何かを思い付いたのか、その顎に付けた手を顔の前に持って来ると、人差し指だけを立てて聞き始めた。
「一つ聞いて良いかな?」
「はい。どうぞ」
「『大和撫子』『実写』『無し』は、プライバシー、大丈夫なの?」
鈴木少佐は再び右手を顎に戻す。するとレジの女の子は、たちまち顔が曇る。
十八通りある組み合わせの中から、ピンポイントでそのラインナップを注文する辺り、流石、少佐ともなると目の付け所が違う。
「そちらの商品は、現在製造中止となっておりまして」
「うんうん。そうなんだ」
「はい。以前、少将の娘さんが『ハートのエース』に出演しぃ」
そこで言葉を詰まらせた。そして、困った顔を鈴木少佐に向け、窮状を訴える。
目と口を八の字に垂らしたその顔を見て、鈴木少佐も思わず両手を前に出すと、『いいよいいよ』と振る。
『ちょっと聞いてみただけだから』
『誠に、申し訳ございません』
無言だが、二人の間には、そんな会話が交わされていた。
「ホログラムって、何ですか?」
そんな二人の間に割り込んだのは、弓原少尉である。
するとレジの女の子は、営業スマイルに戻ると説明を始める。
「こうやって『見る角度を変える』と、動いているように見えるんです。『一枚で二度も美味い』、というものです」
「そうなんですか」
「はい。ホログラムは、原子力潜水艦のように、長い期間の任務に就かれている方が、買って行かれます」
弓原少尉は納得して頷いた。
弓原少尉にしてみれば、イー407の任務も『長い期間の任務』に該当するのであるが。迷う所だ。
「リアルな絵なの?」
鈴木少佐の鋭い質問に、レジの女の子は再び顔を曇らせる。
やはり本当に買う立場の人間は、こうもカンが鋭いのか。
「実写やイラストに比べますと、そこはぁ」
そこで言葉を詰まらせた。そして、困った顔を鈴木少佐に向け、値段の割に不評であることを訴える。
目と口を八の字に垂らしたその顔を見て、鈴木少佐も思わず両手を前に出すと、『判る判る』と振る。
『やっぱり最後は、基本に帰って来ると』
『正に、その通りでございます』
無言だが、二人の間には、そんな会話が交わされていた。