深海のスナイパー(二十一)
売店で鈴木少佐と井学大尉が『無駄話』をしている所に、弓原少尉がやってきた。
鈴木少佐の後ろ姿を見て、声をかける。
「あっ、少佐殿?」
すると、笑顔の鈴木少佐が振り返った。
「あぁ、弓原少尉、お帰りなさい。紹介しますよ」
そう言って、井学大尉を引っ張り出した。
「俺の同期で、『加賀のケツに突っ込んだ男』」
「え?」
変な紹介に、弓原少尉は驚く。
加賀と言えば航空母艦であるが、戦闘機のジェット化に伴い、先代の航空母艦は引退した。
現在は二代目が原子力空母として、太平洋をブイブイ言わしているはずだが。それのこと?
「ちょっと、変な紹介、止めて下さいよ!」
「事実じゃないかよぉ」
階級章を見ると、一応上下があるのだが、当人同士はそんなことは気にしていないようだ。まるで仲の良い同級生だ。
あ、そうなのか。
「初めまして。気象省から出向して来ました、弓原です」
階級も上だし、敬礼して挨拶をすると、「あぁ、はいはい」という感じで返礼をして、それから民間人らしく握手した。
「お天気については、いつもお世話になっております。井学です」
にっこり笑って、固い握手を交わす。気象予測官とは、仲良くして置いて損はない。弓原は思いがけず歓迎されて、思わず頷いた。
「あの、『加賀の関係者』ということは、パイロットで?」
鈴木少佐の方を指す。お仲間でしょうか?
「あぁっ、少尉、『上手いこと』言うねぇ」
おかしな比喩だと思ったのだが、鈴木少佐がちゃちゃを入れる。
「ちょと、変な言い回し止めて下さいよぉ」
直ぐに気が付いたのか、井学大尉が鈴木少佐にすがる。
「ごめんごめん」
謝っていはいるが、絶対どこかで『再利用』するに違いない。
気を取り直して弓原少尉に向き直り、正式回答する。
「今は陸軍に拾って貰いまして、ヘリのパイロットなんです」
そう言って、地面、『ココ』を指さした。
弓原少尉は思い出す。ここが主にヘリ用の空港だということを。
「弓原少尉、準備完了?」
笑顔の鈴木少佐に言われて、弓原少尉は『茶封筒』を取り出した。
「あっ、ちょっと一通、手紙を出してきます」
地味な事務用の封筒だ。それをプラプラさせた。
「あっそう。行ってらっしゃい。売店に切手売ってるよ」
鈴木少佐が、すぐ目の前の売店を指さす。井学大尉も、手紙を出すのに邪魔はしない。笑顔で頷いた。
「はい。ありがとうございます。ちょっと行ってきます」
弓原少尉が頷いて行こうとすると、鈴木少佐が「ちゃちゃ」を入れる。やっぱりこの人は、いたずら好きだ。
「何? 恋人?」
笑顔で『お約束』の一言といった感じだ。
「え? ええ、そんな感じです」
ちょっと慌てて弓原少尉が頷き、店の奥に向かう。
五分もしない内に、弓原少尉が戻って来た。
まだ談笑中の二人に話しかける。
「少佐殿、『お土産』は買いましたか?」
「あっ、そうだね。頼まれていたよね」
ポンと手を叩いて、鈴木少佐は思い出したようだ。
「何を頼まれたの?」
井学大尉が鈴木少佐に聞いた。鈴木少佐は直ぐに答える。
「トランプだよ」
すると、井学大尉の顔が急に真剣になって、あらぬ方向を指した。
「じゃぁ、海軍の方の売店に行かないとダメですよ」
「え? そうなの?」
どうやら指を指したのは、隣の海軍基地のようだ。
井学大尉は大きく頷いた。
すると、大きな声だったから聞こえたのだろうか。売店のおばさんまで『うんうん』と頷いているではないか。
「あれですよね? 『潜水艦に持ち込むトランプ』ですよね?」
真顔で念押しされた。鈴木少佐は目をパチクリするだけだ。
「まぁ、そうなるよね」
当たり前のことを言われても困る。
「じゃぁ、海軍基地で買わないとぉ」
真顔で陸軍の井学大尉に言われても、『???』である。
「少佐殿、私、まだ車返していないので、行きましょう」
弓原少尉も理解はしていないが、車で十分もかからないし、時間的余裕もある。それ位大丈夫だろう。
「お? おう、じゃぁ、そうするかぁ」
鈴木少佐も笑顔で頷いた。そして弓原少尉と一緒に歩き始める。井学大尉に軽く手を挙げて挨拶し、そこで別れることになった。
「直ぐ判ると思いますよぉ」「判った。ありがとう!」
笑顔で鈴木少佐が手を振っている。
「では、私も整備終わったら、戻ります!」
井学大尉も笑顔で手を振り返す。仲良しは良いことだ。
「おう! 大和のケツには、当てるなよ!」
「当てませんよ! そんなことしたら、撃たれますよ!」
仲が良いのか悪いのか? お互いに『シシシ』な顔になっている。
「おぉっ! ちょっとはピリッとするだろう!」
その返しに、井学大尉は苦笑いだ。
大和の主砲でそんなことされたら『ピリッ』とする所じゃない。
髪が『アフロ』になってしまうではないか。