表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/1472

深海のスナイパー(二十)

「少佐殿、鈴木少佐殿ではないですかっ」

 そう呼ばれて振り返るのは、当然、鈴木少佐である。


「おう! 井学大尉、元気そうだなぁ」

 二人は売店で歩み寄り、敬礼もせず握手を交わした。


「少佐殿、昇進おめでとうございます」

 井学大尉は、遠慮なく鈴木少佐の肩に手を回し、ポンポンと叩く。

「お前だって、昇進試験、受ければ良いだろっ」

 少佐は大尉の腹を小突く。


 江田島で同期の二人は、青森での再会を喜んだ。


「降りる基地、間違えたんですか?」

 大尉は笑いながら、三沢基地の方を指さした。


「馬鹿、そんな訳ないだろうがっ」

 しかしそれを、笑顔で否定する。


「あれ? それじゃぁ、ヘリになったんですか?」

「そう言う訳じゃないよ」

 少佐の返事を聞いて、大尉は益々不思議そうな顔になる。


 どうやら人違いなのだろうか? それとも少佐に昇進したら、人が変わってしまったのだろうか。


「どういう訳ですか?」

 空の鬼神と言われたその人が、空母艦載機でもなければ、ヘリでもない。とは?


「ここだけの話しな」

 少佐はヒソヒソ声で大尉に言う。大尉も頷いた。


「俺、潜水艦乗りに、なったんだよ」「えぇぇっ?」

 大尉はつい、大きな声を出した。少佐は笑って腹に一発。


「声がでかいよっ」「す、すいません」

 腹に一発位では何ともなかったらしい。大尉は苦笑いで頭を掻いている。余裕だ。


「ほ、本当にでありますか? 少佐殿が?」

 疑り深い目で大尉は少佐を睨み付けた。

 冗談を言っている場合とそうでない場合位、見分けが付くぞ? と、言いたげだ。


「本当だよ。列記とした、潜水艦乗りだ」

 両手を腰にあて、偉そうに振り返る。どうやら本当らしい。


「宙返りとか、するでありますかぁ?」

 笑顔で大尉が聞く。すると少佐は笑顔で答える。


「あー、どうなんだろうなぁ」

 まるで他人事だ。しかし大尉は、鈴木の操縦する機で、グルングルンやられた『楽しい思い出』がある。

 顔をしかめ、もう一つ聞く。


「木の葉落としとか、するでありますかぁ?」

 今度は右手を飛行機の形に広げ、ヒラヒラと舞ってみせた。


「おー、まだやってないけど、出来ると思うぞぉ?」

「まじでありますかぁ?」

 少佐の答えに大尉は、再び『楽しい思い出パート弐』を思い出す。


「今の機体、レシプロなんだよ」「まぁじぃでありますかぁ?」

 大尉は訳が判らない。

 やはり少佐に昇進すると、色々違う世界が待っているのだろう。


「お前も少佐になったら、潜水艦に呼んでやろうか?」

「いやいや、遠慮します」

 肩を叩かれた大尉は、慌てて否定する。

 もう海なんて、こりごりだ。


「私、今、大和の乗員なんで!」

「え? お前がかぁ?」


 少佐が驚くのも無理はない。

 改修が終わったばかりの加賀に、火傷を負わせたヘタッピが、何で大和に乗っているの? 大丈夫?


「大和はいいっすよぉ。アレスティング・ワイヤーないですからっ」

 大尉は笑った。少佐は苦笑いで怒り出す。


「お前、ワイヤーも何も、その手前で失速して、ワイヤーまで辿り着いてないだろ!」

 飛行機から『ビョーン』と逃げる様を表現する。


「あ、ご存じでした?」

 大尉は、片目を瞑って頭を掻く。きっと頭の中では『楽しい思い出パート参』が廻っていることだろう。


「ご存じも何も、お前、今でも有名だからなぁ?」

「そうなんですか? 俺がですか?」

 嬉しそうに大尉は自分を指さした。


「あぁ。『加賀のケツに突っ込んだ男』としてな!」


 有名人に会った嬉しさだろうか。少佐は大尉を指さした。


「あちゃー。暫く海軍には、戻れそうにないですわぁ」


 大和乗組員の井学大尉は、照れ臭そうに頭を掻いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ