表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/1471

深海のスナイパー(十五)

「そちらに送った通り、ちょと想定とは違いました」

 パソコンで東京の参河と、打ち合わせをしている。

 弓原が話しかける参河は、気象省の緊急警報課長だ。


「そうなんだ。不思議だねぇ」

 画面に表示されているのは、津軽海峡とその周辺の、気象観測データだ。緯度、経度、時刻、観測結果の数字だけが並んでいる。


 きっと不思議そうに、首を傾げているであろう参河の顔は、見えない。まぁ、パソコンで会議なんて、そんなものだ。


 随分昔から、東京を中心に『雨にあたると溶ける』事象が発生している。

 それが『青森県でも最近発生している』との報告があり、気象省から派遣された弓原が、観測を行っている。


 その結果なのだが、試薬に雨を沁み込ませた結果は、

『あんま溶けいないけど、何?』だったのだ。

 ホント、何? である。


「まだ観測、続けます?」

「あぁ、頼むよ」

 きっと惰性で頼んでいると思う。弓原は露骨に渋い顔をしたのだが、その顔は東京に届いていない。


「そうですかぁ」

 だから、ちょっと嫌そうな感じを増して、弱音を吐いてみる。


「何? 潜水艦生活は、嫌な感じ?」

 待ってました! その言葉! 弓原は前のめりになった。


「そりゃぁ、つまらないですヨぉ。何にもないんですよ?」

 窓もなければテレビもない。私物の通信機器とか、DVDプレイヤーとか、そんな物は持ち込み禁止。

 得意のけん玉さえも、ダメだった。一体、何が良いんだか。


 この際、語尾を強めに言って、『東京に帰りたい』をアピールだ。


「まっ、仕事だから」

 バッサリ。参河は厳しかった。

 弓原はがっくりと、椅子の背もたれに寄り掛かる。


「潜水艦は、ごはん、美味しいんでしょ?」

 食いしん坊の参河から、慰めのお言葉。

 ハイハイ。有難いですね。弓原は頷く。


「そうですね。凄く美味しいですよぉ」

 美味しいのは事実だが、棒読みで答える。

「そうなんだぁ。良かったじゃない!」

 あと一カ月ぐらい、行って来い! そんな言い方だ。


「でも、士官の食事は、有料なんですよぉ」

 これも棒読みで答える。そして両手の平を上にする。


「でも食費、給料に上乗せされてるでしょー?」

 まぁ、それはそうなんですけどぉ。

 でもそんな制度、知らなかったですよぉ。お小遣いが増えると思っていただけに、残念だ。


「参河さん代わりましょうか? 海軍カレー美味しいですよぉ?」

 弓原の問いかけに、参河は考えているのだろうか。

 数字が並ぶ画面の向こうから、参河の「おー」という小さい声だけが聞こえて来たのだが、その後しばし無言だ。


「いや、良いや。海軍カレーなら東京でも食べられるし!」

 断られた。ちきしょう! 弓原は焦って考える。


「いやいや。イー407カレーは、東京のとは違いますよ!」

 嘘だ。東京の海軍カレーなんて、食べたことはない。


「同じだよ、同じぃ! じゃぁ、観測よろしくねぇ」

 速攻でバレたのだろうか。通信がブチッと切れた。無常だ。


「参河さん、参河さーん!」


 弓原の声だけが、研究室にこだましていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ