深海のスナイパー(十三)
時計の音が、煩く感じるときがある。
例えば、徹夜で仕事をしているとき。
一人で夜中に『テレビ(はあと)』を観ているとき。
時限爆弾の解除をしているときも、結構気になる。
皆さんが感じるのは、どんなとき?
「その時計、結構煩いな」
潜水艦乗りは、無音で航行しているとき。
艦長が、そう言っている。
バッテリーの残量を見ながら、ゆっくりと航行する。辺りは誰もいない、静かな海だ。
そんな海を『耳を立て』て進むと、色々な音だけが聞こえて来る。
「スクリュー音探知。0ー4ー5。近いです」
突然指令所に、報告があった。艦長は直ぐに指示する。
「モーター停止」
『モーター停止了解』
スクリューが止まった。潜水艦は只の鉄の浮袋となり、海中の海流に乗り漂う。
どうやら敵が近くにいたようだ。こんな海底で敵に出くわすとは。
「スクリュー音、離れて行きます」
「面舵、0ー4ー5。後進」
艦長は『殺る気』だ。敵艦との距離を取りつつ、魚雷発射管を敵艦に向けた。
「音響魚雷装填、壱番、弐番」
マイクで発射管室に指示を出す。
『音響魚雷装填、壱番、弐番了解』
直ぐに応答があった。艦長は問う。魚雷発射管に海水が注水されるまで、しばし待つ。
「敵艦の進路は?」
「進路そのまま、いえ、0ー6ー0に転進」
『音響魚雷装填完了』
艦長は冷静に指示を出す。
「アクティブソナー撃て」
「アクティブソナー発信。敵艦、距離五百五十」
有効射程内である。問題ない。
「魚雷発射、壱番、弐番」
『魚雷発射、壱番、弐番了解』
「壱番、弐番、魚雷発射を確認」
艦長は頷いて、次の位置取りを考える。
「取舵、2ー7ー0。最大戦速」
撃ったら、逃げろ。逃げないにしても、位置を変更だ。
「アクティブソナーです。3ー2ー0。もう一つ、1ー9ー5、え? もう一つ、0ー7ー5、0ー2ー0、2ー7ー5」
艦長は、訳が判らない。
一体、何隻の敵艦に、取り囲まれているのだ?
「メインタンクブロー。浮上せよ!」
こんなの、戦争じゃない! イジメじゃないかっ!
「魚雷発射音、多数確認。距離、六百」
帝政ロシア海軍のキロ型潜水艦は、百五十メートルまで浮上したのだが、そこに全方位から酸素魚雷が襲い掛かる。
無人の魚雷母艦『蒼鯨』から、『赤弾』六発の『集中砲火』を浴びて圧壊し、海の藻屑となった。