深海のスナイパー(十一)
石井少佐と井学大尉は、船長室で家捜しをしている。
「少佐殿、これは航海日誌でしょうか?」
ロシア語で書かれているので、日付しか判らない。
「そうだな。鹵獲しておけ」
少佐はロシア語が、読めるのだろうか。一瞬で看破した。
「了解です」
そう言って大尉は、航海日誌をカバンに放り込んだ。
この船が、どこを、どう通って、どこまで行く気だったのか。それは掴んだ。
だから、ここまでは相手に伝わって、ここからは伝わっていない、ということが判る。
航海日誌は、海軍への『手土産』にはなるだろう。その為に、だいぶ書類を散らかしてしまったが、それを片付けるつもりはない。目ぼしいものは頂いた。
「行くか」
「はっ」
二人は船長室を後にした。そして後甲板を目指す。
行きとは違うルートであるが、それでも道に迷うようなことはない。それでも、時間は刻々と迫っている。
井学大尉は、甲板に出て見通しが良くなると、津軽海峡の両岸を、パパっと見る。が、まだ土地勘がないので『レッドライン』が何処なのか、良く判らない。
それを『少佐に聞く』訳にも行かないことは、良く判る。
ヘリポートに戻ると、到着した時のままのOHー1がある。大尉はホッとした。直ぐに乗り込んで、ローターを回し始める。
「レッドラインは、近いのでしょうか?」
ヒュンヒュン音をたて始めたローター。飛び立つまであと三秒。そのタイミングで大尉は少佐に聞いてみた。
「あと三百かな」
後席で、時計を見ながら悠然とした答えが返って来る。
なんてこった。そんなの殆ど誤差の範囲ではないか。
「では、離陸します」
「大丈夫だ。落ち着いて行け」
ちょっと、離陸するタイミングが早かったのかもしれない。
大尉は少佐の言葉に頷き、もう一度計器を確認してから、離陸を開始した。問題ない。飛んだ。間に合った。
「高く飛べ!」「はっ」
少佐の声に反応し、大尉は操縦桿をグッと操作して高度を上げた。
『ドーン!』
その瞬間、大音響が二人の下から響いて来る。
何が起きたかは承知している。大尉は振り返らずに、異常がないか横目に計器を見て、飛行を続けた。
『ドーン!』
二回目の爆発音。
空から見た感じ、時間を掛ければ一発で沈んだろうと、思っていた所に、容赦なく二発目の魚雷が命中した。
あっという間に船体が二つに折れ、スクリューが海上に現れる。しかし、既に機関停止だったのだろう。止まっている。
「派手にいったな」
少佐は余裕で、海面に没していく船を、眺めていた。
大尉は船から十分離れた所で、また海面スレスレを飛ぶ。
警報を出しているので、漁船も出ていないはずだ。
「『ホテル』に戻るか」
少佐の声の調子で大尉は、少佐が笑っているのが判った。
「了解です!」
そして大尉は、どこへ向かうのかも判った。
もちろん、戦艦大和である。