深海のスナイパー(八)
龍飛崎の北西五キロ沖。
少し窪んだ海底で、イー407は獲物を待つ。もう直ぐ敵船が、こちらにやってくる。
イー407から伸びた『プラグゼロ』が、海底で待機する『津軽西』の『プラグ七』と接続されていた。
プラグで結合されたその先には、無人の魚雷母艦『蒼鯨』が津軽海峡を泳いでいる。
すでに『蒼鯨』は準備完了。いつでも魚雷が発射可能である。
「蒼鯨より、アクティブソーナー発射」
艦長からの指示があった。こちらから積極的に敵を探せということだ。
「蒼鯨より、アクティブソーナー発射します」
それでも発令所は、無音である。今頃二キロ先の蒼鯨から『もしもーし』が、津軽海峡に響いていることだろう。
そもそも近代化改修された日本の潜水艦に、居場所がバレる危険性のある、アクティブソーナーは設置されていない。
「敵艦、進路そのまま接近中。蒼鯨より距離五千」
それを聞いても艦長は、そのままだ。時計と、地図と、そこに引かれた『赤い線』をみて、タイミングを見計らっている。
まるで、轟沈するのは当然で、それをいつにするかだけを気にしているようだ。
「蒼鯨より、距離三千五百」
艦長がマイクを握りしめた。
「蒼鯨より、魚雷、壱番、弐番、発射」
発射管室からの声が響く。
『蒼鯨より、魚雷、壱番、弐番、発射了解』
「蒼鯨より、魚雷、壱番、弐番、発射を確認」
やはり、発令所は無音である。
ディスプレイに映る魚雷の航跡を眺めていた艦長は、ちらりと別のディスプレイで、蒼鯨の魚雷残数を確認する。
残りは七番と八番の二発。大分少なくなった。
だから、最後の予備として、イー407の魚雷も二発、用意はしている。
もう一度、魚雷の航跡を確認する。
問題ない。当たるだろう。
「魚雷二発命中。敵艦、エンジン音停止」
艦長は、深く息を吐いた。これなら、予備の準備は不要だろう。
事前に確認した大きさの艦であるならば、二発も魚雷が命中したら、二つに折れて、沈む筈だ。
「了解。蒼鯨に帰投指示」
「蒼鯨に帰投指示了解」
すると、『津軽西』の『プラグ七』の時計が消灯した。
その瞬間プラグも切り離しされ、プラグ七は、母艦に巻き取られ始めていることだろう。
「プラグゼロ放棄」
『プラグゼロ放棄了解。放棄しました』
「放棄了解。ありがとう」
艦長がマイクを置いた。
「敵艦、沈みます」
それと同時に報告があった。
艦が二つに折れる音だろうか。嫌な音である。
しかし艦長は、片手で犠牲者に冥福を祈りつつも、淡々と次の指示を出すだけだ。
「プラグ三に向かえ。微速前進」