海底パイプライン(四百九十八)
「じゃ、じゃぁ、ココから酸素を補充して……」「……」「……」
言葉が詰まる。言っている勅使河原自身が『無謀だ』と思っていた。備蓄している酸素タンクのバルブが全開のまま、火が回ったら。
それはもう、燃ゆる太陽の表面で、あたかも人が『フレア音頭』を踊る如きとなろう。両手を頭上に差し出して狂い踊る。
「誰か馬鹿を止めて来いよ……」「そっちが先だろうな……」
皆譲り合っていた。誰も糞してるんだかゲームしてるんだか奴のために、命を掛けたいとは思わない。
かと言って、虎雄を見つめる者は皆無。当然『虎雄も同程度』と見られている訳で、そんな奴に重大任務を任せられはしない。
本人が幾ら『俺は無理っす』を必死にアピールしていたとしても。
『ボンッ!』「うわぁあぁあぁっ!」「あぁ良かった」「あぶねぇ」
明らかに『不幸な事故』が起きているのに、この安堵とは。
顔を見合わせて薄ら笑いまで。段々声が近付いて来るので、トイレ付近の男達が避難を始めた。トイレに背中を向けて。
これは四平の姿が見えた所で一斉に後ろ指を指す準備と言えよう。
「俺のゲーム機がっ。クリアまであと少しだったのにっ! あちっ」
信じられないことに、四平がゲーム機を手放したではないか。
しかし、まさか糞ゲームと糞は両立可能だったとは。問題はトイレットペーパーとは両立しなかったってことだろうか。
実は、余り知られていないことだが、どのトイレットペーパー製造メーカーも、『トイレットペーパーの正しい使い方』について非公開である。問い合わせたとて、納得の行く答えは返ってこない。
これはきっと、過去に『何かあった』と見るのが筋な訳だが、恐らく『コレ』で間違いないだろう。となると、当然次のことも。
酸素をシューシュー出しながらゲーム機を操作し、そこにトイレットペーパーを近付けないでください。燃える可能性があります。
明日以降製造されるトイレットペーパーの『使用上の注意』を、隅から隅まで良く読んで欲しい。きっと追加されているはずだ。
「クソッ! あと一機になっちまったじゃねぇかっ!」『グシャッ』
四平のセリフと『足捌き』が、一致していないように思えた。
しかし問題ない。言行一致であることが直ぐに判る。足で潰したゲーム機は処分対象で、手品師のように別のゲーム機が出て来たからだ。当然のように、直ぐゲームを始めたではないか。
「おいお前」「何ですか。邪魔しないで下さい」
勅使河原が止めに入る。だから周りの奴らは見るだけだ。
そんな中、虎雄の反応だけが少し違っていた。まるで遠い昔を懐かしむような目。肩を振って拒否された勅使河原が、もう一度手を伸ばすのを見たって『うんうん』と笑い、頷くだけだ。
「おいっ!」「休憩時間までアレコレ言われる筋合いは無いっす!」
虎雄は思う。『その通り!』と。心と体で同時に指さしながら。
しかし、四平の扱いに慣れていないであろう勅使河原は、止せば良いのに『三度目の警告』に出たではないか。
ゲームを始めた四平に、何を言っても無駄でしかないのに。
「お前、ヤバイと思うぞ?」「はぁあぁ? ゲームやってる奴が何でヤバイとか言われないといけないんですかっ! だったら戦争やってる奴らにもヤバイって言って来て下さいよ! 気が散るんすよ!」
言われた勅使河原に動じる様子はない。笑って上を指したままだ。
「もう直ぐスプリンクラー始動するぞ? 水は『天水』だからな?」




