表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/1470

深海のスナイパー(五)

 補給艦間宮は任務を終え、航行を開始した。

 既に海中に潜航したイー407の航跡は、波間に消えている。


「また、仙台に戻りだな」

 甲板で野沢少尉そう言うと、隣で片づけをする小岩軍曹が、愚痴を溢す。


「大湊に行けたら、良かったんですけどねぇ」

「無茶を言うなよ」

 そう言って、少尉が笑った。そして溜息混じりに言う。


「まぁ、行こうと思えば、行けなくもないんだけど、『護衛』する方が、大変だろう?」

 そう言って、口をへの字に曲げた。


 今見送ったイー407の主戦場である『津軽海峡』を横断し、陸奥湾に、入らなければいけないのだ。


「そうですねぇ。撃沈されたら、大変ですもんねぇ」

 補給艦間宮は『人気』がある。もし津軽海峡で撃沈でもされたら、それはもう、大湊基地に、苦情が殺到するだろう。


「じゃぁ、むつ港でも良かったのにねぇ」

 しみじみと言って、ちらっと少尉を見る。少尉は呆れて言う。


「軍曹、そこは『原潜の秘密基地』だろうがぁ」

 無理無理と手を振って、苦笑いだ。

 軍曹も笑っている。「そんなことは判っている」という顔だ。


 しかし、無理だと判っていても、早く港に帰りたい。


「しかし、イー407も『盾役』とは、大変ですねぇ」

 軍曹はゆっくり首を横に振る。その意見に、少尉も賛成のようだ。


「そうだなぁ。原潜みたいに『ひたすら待ち』ならいざ知らず、攻撃型新造艦の、囮だもんなぁ」

 その通り。

 幾ら何でも、七十年も前の設計艦で、現代の戦争ができる訳もなく、イー407は、体の良い囮である。


「実際に魚雷を発射するのは、深海に潜む最新艦なんですよね?」

「あぁ。『蒼鯨』って、名前だけは聞いたことがある。深度六百メートルから、発射できるらしいぞ」

 少尉は軍曹に説明してやると、軍曹は驚いた。


「六百? 随分ふかーい所から、撃てるんですねぇ」

「あぁ、軍機だから実際の所は、不明だけどな」

「ですよね。あれ? でも津軽海峡の深度って?」

 そんなに深かったかなと、首を捻る。


「大体、三百メートルだな」

 少尉が苦笑いで答える。「それを言うな」な顔である。

「オーバースペックなのでは?」

 軍曹が少尉を覗き込んで、質問をする。

 しかし、少尉は前を見たまま答える。


「だから、『最後の砦』なんだろうなぁ」

 それは言える。軍曹は頷いた。


 甲板から仙台の方を見ると、どす黒い雲が渦巻いている。その雲を指さして、軍曹が少尉に話しかけた。


「ああいう雲の中に入ると、『過去の世界』に飛ばされちゃうんですよね?」

 そんな話は聞いたことがある。少尉は笑って頷いた。

「あぁ、あるある。フル装備の軍艦が、だろう?」


「そうです。そうです。そこに今の軍艦が、日本海海戦に飛ばされたら、日本、勝てますかね?」

 眉毛をピクピクさせて、嬉しそうに軍曹が質問する。

 すると少尉は、首を捻って考え始めた。そして、首を戻しながら答える。


「いやぁ、流石に、無理なんじゃないかなぁ?」

「勝てませんか? 『蒼鯨』でもダメですか?」


 真剣な眼差しの少尉。

 その意見に驚いたのか、軍曹は前のめりで聞き返す。

 しかし少尉は両手を広げ、渋い顔で答える。


「フル装備の間宮が、日本海海戦のド真ん中に行ってもなぁ?」

「それはダメですよぉ。間宮はナシでっ!」


 少尉と軍曹は、笑いながら船室へと消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ