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海底パイプライン(四百六十五)

 黒井は換気扇の上でダンスを踊り始めた。しかしリズム感が悪い。

『タッタタンタン、タタタンタン』「おっと。とっとっとぉぉっ!」

 高さ二十メートル、幅七十七センチ七ミリのステージで踊るは『タンゴ』か『ルンバ』か、それとも『ジャイブ』か。


『タンタンッ!』「ぐえっ」『ビィィィン』

 分かった。『ジルバ』ですね。でも、決めポーズで体を逸らすのは『女性の方』な気もしますけど。それに『その声』は頂けない。


「あっぶねぇ。早く早く早く……」

 黒井にダンスの心得は無い。それでも支点にロープを結んで置いたのは『正解だった』と思う。換気扇が衝突した弾みで危うく落下するところだ。自分の命は自分で守る。今はそれしか出来ない。

 黒井はロープの反対側を手繰り寄せると支点に固く結ぶ。そして、ロープを肩と腰に巻いてから、腰に結んだロープを解きに掛かる。

 一瞬『このまま降りた方が』とも思ったが、無事地面に降りてから落ち着いてロープを解く暇があるとも思えない。


『ギギギギギッ』『何か下からヤバイ音すんなぁ……』『ギッギッ』

 黒田の勘は正解である。足元の換気扇が回り始めていた。揺れた衝撃で、換気扇のスイッチがオンになってしまったのだ。

 もしかして黒田のスイッチ操作が中途半端だったのかもしれない。又はメーカーの製造ミスだろうか。普通は構造的な問題が発生した場合、安全な方、つまりこの場合は『停止』へと至るべきだ。

 それがよりによって、倒れて来たフリーの換気扇と、軸にはまったままの換気扇の全面対決に陥ってしまったのだから。これを『設計ミス』と言わんで何と言う。黒井は是非とも生き残り、メーカーに苦情を言わなければならぬだろう。え、何々?

 スイッチの上位置が『換気』で、中位置が『停止』だって? あぁそう。じゃぁ下位置は『送風』だったりする? あぁ成程ね。了解。


「チキショーッ! どうなってんだよっ!」

 この巨大な換気扇は、アンダーグラウンドに溜まった有毒ガスを換気するためのもの。が、しかし、風向きによって換気する方向を変える必要がある。例えば余りにも『くっさい臭気』が溜まっているときに海側へと風を送ったら、門前仲町から苦情が来てもおかしくはない。ほら『深川縁日』だったりしたら、大問題でしょ?

 おちおちお好み焼きも食っちゃ居られないって訳。あと鰻も。


『タンッ。タンッ。タンッ』『バキバキバキッ』「おわぁっ!」

 黒井は説明をしている間も先を急いでいた。きっと店を予約した時刻が迫っていたのだろう。しかし、世間がそれを許さない。

 一人だけ助かってビールに豚玉なんて、贅沢過ぎるではないか。


「ヒィィッ!」『ダンッ!』「ヒィィッ!」『ダンッ!』

 換気扇の側面を降りていたつもりが、倒れる衝撃で揺すられ『回転面』へと誘われる。着地したのが羽根の上。ジャンプしてやり過ごすが、再び羽根の上へ。すると今度は枠外に向かってジャンプ。

 だって横からフリーの換気扇が転がって来たのだから。多分鉄。

 押し潰されてなるものか。勝手ながら『押し潰されて良いのは柔らかい所』と決めている。硬い所なんて御免だ。


「黒井っコッチだっ! 飛べっ!」「ぬぅおぉおぉおぉっ!」

 女の声。黒井は咄嗟に大きく飛翔し、ロープから手を離した。

 まだライトしか見えない。逆光。だいぶ上。でも予想通りなら良いはず。あと二メートル。あっ手が見えた。ジジィの笑顔もっ!

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