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深海のスナイパー(三)

 士官室の椅子を床に降ろし、そこに弓原は腰かけた。

 着替えた『民間服』をカバンに詰め込んで、二段ベッドの上の段に放り投げる。


「後で、固定しておけよ?」

「あぁ、そうだな」

 二人は笑った。

 どっちが前で、どっちが後ろなのか、弓原には判らない。それに、潜水艦への乗艦は初めてだ。


「この船は『幽霊船』なのかい?」

「艦と言え、艦と。潜水『艦』」

 中島はベッドに座ったまま、帽子を横に置いている。

 成程、それが『民間人モード』であるらしい。弓原も帽子を脱いで、手に持った。


「判ったよ。この潜水艦は、沈んだのかい?」

「そりゃぁ、潜水艦だからな!」

「いや、そうだけどさぁ」


 弓原は両手の平を上に向けて、呆れる。話が進まないではないか。

 中島が笑って、解説をする。


「外では言うなよ? 津軽海峡担当の『特務』だと、そういうこともあるんだよ」


 口にチャック。そんな仕草をして、念を押す。まぁ、弓原は大丈夫だろうけど。

 弓原は『津軽海峡』と聞いて、納得する。


 津軽海峡は、帝政ロシアの太平洋艦隊と争う、今、一番『熱い』スポットなのだ。


 日露戦争は、日本海海戦で『全艦隊の損失』という、前代未聞の大敗北の時点で、北海道の命運は尽きたと言える。


 樺太から続々と上陸してくる、帝政ロシア軍を止める術は何もなく、シベリアに比べれば『温暖』な北海道を、好きなように蹂躙されてしまった。


 全国からかき集めた民間の船で、本州から必死に兵員を輸送したのだが、津軽海峡で次々と沈められてしまったのだ。


 北海道に駐屯していた屯田兵が、必死の抵抗をしたのだが、遂に旭川を占領された時点で『休戦』となった。

 正に日本の大敗北であった。


 帝政ロシアに、北海道を割譲することになったのだが、日本は北海道の住民を本州に移住させることを、願い出た。


 しかし帝政ロシアは、住民もろとも『帝政ロシア国民に編入する』と、一方的に宣言し、住民を次々と捉えて、シベリア・アラスカに移送し始める。その数二十万人以上。


 日露戦争当時の北海道の人口、約百万人の内、五分一以上がその対象となったのだ。

 すると、『どう見ても日本人』という義勇軍が現れて、函館に上陸して占領。そのまま北上を続けて、『北海道の持つ所』らへんで、今だ戦闘状態にある。


 そしてその後、『どう見ても日本海軍』という艦船が、津軽海峡を封鎖しているのだ。

 今は『休戦って何だっけ?』な、状態である。


「じゃぁ、俺も死んでいるのかい?」

「そうなんじゃない? 葬式、挙げてきたか?」


 弓原の問いに、中島が笑っている。

 そう言われても、知る由もない。弓原は首を横にするばかりだ。


「じゃぁ、香典くれっ!」

 そう言って、弓原が手を伸ばす。中島は『ブッ』と吹き出した。


「五千円でいいか?」

 直ぐに答えた。しかし弓原は、カンカンに怒り出す。


「馬鹿! お前の葬式には、五万も包んだんだぞ!」

「そうなの? 任務終ったら、俺の過去帳、見に行こっと!」

 中島は目を見開き、嬉しそうに言う。


 その前に、本当に戦死しても、知らないからね?

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