陸軍東部第三十三部隊(三十)
壁面に東京の『大きな地図』が掲げられている。
しかし、それは飾りだ。実際に使われているのは、机上に貼られた方の地図だ。
そこには『凸』の形をした図形が、沢山貼られている。
日章旗を模った自軍の『凸』がある。それに、赤、青、白、黒で塗られた四種類の『凸』が、地図上に配置されていた。
「本部の『計算』によりますと、このような結果になっております」
そう言って、真間少尉は『M作戦』と書かれた作戦計画書を机上に置き、自身も席に座った。
大佐は机上の『計算結果』を見て、喜んだり、納得はしていない。
やはり『机上の空論』と思われる所がある。それに、本部の『計算屋』は、名目上民間人。
全ての『軍事機密』を、データとして提供する訳には行かないからだ。
「古い橋なんだろう? 渡れるのか?」
大佐がトントンと厩橋を叩いている。もちろん机上の地図の、だ。
「三年前の調査では『問題なし』となっています」
真間少尉が答えた。しかし大佐は、納得していない。
「それは、誰の調査なのかね? 陸軍なのかね?」
「陸軍ではありません」「どこかね?」
「東京都です」「東京都の何処だね?」
ちょっとイラついた声になって、場が静かになる。
「えーっと、少々お待ちください」
真間少尉が別冊の資料を、パラパラと捲り始めた。
「ありました。東京都道路局の調査です」
「何を調査したときの、資料なのかね?」
大佐の質問を受け、また資料に目を落とし、それっぽい記述を探している。
「橋に『水道管』を敷設したときの調査です」
「ほらぁ、重量物じゃないじゃん」
戦車並みに重たいのだが、それはナイショである。
真間少尉は困って、首を傾げて大佐に聞く。
「そうですね。では、再調査しますか?」
「いやいや、敵制圧下なのに、陸軍が『調査でーす』って、行けないでしょう!」
慌てて説明した大佐の言葉に、誰も意見具申がない。
「補強鋼材を準備するか、縦隊橋を手配しないと。ねぇ?」
仕方なく、大佐が提案して、一同の顔を見渡す。
「直ぐに手配します」
答えたのは、真間少尉だった。大佐は念を押す。
「あのぉ、あれだからね? 隅田川、今は、水、ないからね? 浮橋はダメだからね?」
すると真間少尉は「あっ」という顔をしてから、頷いた。
「判りました」
絶対、判っていなかった。危ない危ない。
大佐が一同に、もう一度質問する。
「上流の駒形橋は、使えそうなの?」
「アンダーグラウンドの見学コースになってますので、ダメです」
管轄の山岸少尉が答えた。大佐が聞き直す。
「下流の蔵前橋は?」
山岸少尉が、左に座る右井少尉の方を向く。
「民間地は近いですが、渡河後、直ぐに左折すれば、最小限の接近で済みます」
それを聞いて、大佐は頷いた。そして、地図上の蔵前橋をトントンと叩く。
「じゃぁ、予備のコースに設定する?」
そう言って、周りを見渡す。誰か、作戦立てる人?
「すみません、よろしいでしょうか?」
鮫島少尉が右手を挙げている。
「何だね?」
大佐は椅子に座り直し、鮫島少尉の方を向いた。
すると鮫島少尉が、手を伸ばし、鉄路をトントンと叩いた。
「この民間鉄道から、蔵前橋が目視できますので、危険かと」
そういうことかと、大佐は納得する。
「んー。だとしたら、目隠しするか、列車のダイヤ変えないと」
そう言って、鮫島少尉に指示を出す。
「はい。確認します」
そう言った鮫島少尉であったが、真間少尉と見つめ合って頷いた。
大佐は溜息をして、作戦区域全体を両手でグルグル示して語る。
「それとさ、二千機、全部飛ばしちゃってさ、充電はどうするの?」
一応、真間少尉の方を見る。
「本体に帰投すれば、充電可能だったはずですが」
そう言って、下を向き、仕様書をパラパラと捲り始めた。
「いやいや、その本体は、どうやって充電するの?」
「太陽電池、オプションで追加しますか?」
丁度、そんなオプション一覧のページだったのだろうか、指さして頷いている。大佐は呆れてしまった。
「ちょっと、冗談キツイ」
そう言って、椅子に座り直す。
少し、上目遣いになって、一同に言う。
「電源車、給油部隊、あと排気ガス出るから、中毒防止のぉ、何だっけぇ?」
大佐は、ちょっと疲れてきた。手で目頭を押さえる。
この『M作戦』、大丈夫かしら?
「カナリアですか?」「そうそう!」
トンネル工事や炭鉱では、昔からカナリアだよねぇ。
「直ぐに手配します」
真間少尉の真面目な声を聞いて、大佐は飛び起きた。
このままでは、鳥かごやら、餌まで、準備しそうである。
「いや、ピヨ吉じゃなくて、計測器にして!」
思わず、昔飼っていたカナリアの名前を叫んでしまい、大佐は真間少尉を指さしたまま、その場で固まった。