陸軍東部第三十三部隊(二十六)
作戦参謀が、チェスの駒を一つ手にして、ポンポンと弾きながら、話し始める。
「最後のあれ、もっと早くならないの?」
「どうなんでしょう?」
高田部長は自分への質問を、華麗に琴坂課長へと『スルーパス』。ナイスだ。
そこでシュートが決まれば、高田部長に『アシスト』が付く。付く?
「あれとは?」
残念! 琴坂課長はトラップに失敗した。
どうやらタッチラインを越えてしまったようだ。
そんなとき、高田部長は、『自分は絡んでいない』と、責任を逃れようと必死である。
「春巻丼だよ!」
知らないの? という感じで腕を振る。
多分『春巻き』が丼の上に二本、いや、三本かなぁ? 乗っかっていて、隅っこに『ザーサイ』が添えられているんですよねぇ。
そこに、醤油で溶いたわさび、いや、辛子かなぁ? を、回しながら掛けて頂く、あの『春巻丼』ですよね?
舌の火傷に注意。熱いですもんねぇ。
あぁ、どこの店で食べたんだっけかなぁ?
珍来だったかなぁ?
いや、なんだそりゃ?
「全機突入まで、何で二十秒も掛かってるの?」
そう言われて、琴坂課長は意味が判った。
ちなみに、『全機特攻』と思い浮かべてしまった、そこの貴方。
そんな貴方は『この世界』の人間ではない。
何故なら、大東亜戦争は、この世界では起きていないのだ。
だから、爆弾を抱えた飛行機で突っ込む『特別攻撃』略して『特攻』という言葉も存在していなければ、『神風アタック』とか、そういう言葉もない。
もちろん『神風』は存在するのだが、それは『元寇』の時代にまで遡った『用法』しか、存在しない。
「最終自爆指令は、七段階の承認とチェックを経てですね」
「それじゃ勝てない!」
作戦参謀が琴坂課長の言葉を打ち切った。
「敵はね、待ってくれないんだよ?」
返す言葉がない。琴坂課長はチラリと高田部長を見るが、そちらも黙っている。
「良いか? 基準をね、変えないとだめ」
「はい。判りました」
高田部長が答える。琴坂課長も隣で頷く。
「中止は、速かったよね?」
「決断ですか?」
「いや、『中止』コマンド叩いてから、実際に『攻撃中止』されるまでの時間」
作戦参謀と高田部長が会話して、判らなくなったら、琴坂課長の出番だ。
「中止コマンドは共通なので」
「それじゃダメでしょ!」
作戦参謀が琴坂課長の言葉を打ち切った。
「作戦を中止するのだって、『責任』があるんだよ?」
またまた返す言葉がない。琴坂課長はチラリと高田部長を見るが、うん。そちらも黙っている。
「良いか? 基準をね、変えないとだめ」
「はい。判りました」
高田部長が答える。
琴坂課長も隣で頭を深々と下げたのだが、それはさっきと比べて、ちょっと意味が違う。
高田部長の左耳から入った『言葉』が、透過率百%で、右耳から出てきたのを、避けるためだ。
しかし高田部長は、そんな琴坂課長の行動まで、完全に読み切っていた。
右手を振り上げて『言葉』を捉えると、そのまま『ビタン!』と、琴坂課長の背中に、叩きつけたのだった。