陸軍東部第三十三部隊(二十三)
厩橋に障害はなさそうだ。
こちらは、橋を爆破されることも想定していたのだが、そんな仕掛けもない。厩橋全体が隈なくスキャンされて『白色』になった。
「厩橋、クリア」
「厩橋、クリア確認。全機一斉渡河開始」
クリアを確認した道路を、ゆっくりと移動していた『凸』の動きが、突然早くなった。
一番左に表示された部隊の座標を表す数値が、目まぐるしく変化し始める。
そして、次々と厩橋を渡り始める『凸』。きっと上り車線となる反対側にも、列を成していることだろう。
橋の周りには沢山の『◇』がフワフワしているのか、守りを固めているのが判る。
「歯磨き粉部隊、南下開始。第一戦闘配備」
「歯磨き粉部隊、南下開始了解。
戦闘計画通り、五部隊づつ、侵攻開始。
第三層捜索不要、第一層に集中せよ」
多分、ミント味の歯磨き粉なのだろう。そんな名前を付けられた部隊なのだが、結構大量である。
一部隊に、自動警備一五型が七機、それが八機のミントちゃんを背負っているので、計五十六機。
それが五部隊づつ突撃なので、えーっと、大体、いや大隊二百五十機。
そんな八大隊が、春日通より南側の格子状の地区を、どんどん白色に変えていく。
そこには、あちらこちらに赤い『凸』が、表示されている、のだが、それも大量の『◇』が近付くと、地図上から消えて行く。
それでも、一番左のスクリーンを見ると、流石に被害がゼロと言う訳ではなく、所々に『破損』『墜落』『制御不能』の文字が見える。画面上の『◇』は黒色になって、止まっている。
持ち場を離れ、何故か休憩中の高田部長が、琴坂の席に、ふらりとやって来た。
「順調なようだね」
そう言って、琴坂の肩をポンポンと叩く。
「はい。特に問題はありません」
琴坂は、自席の画面と、スクリーン全体を交互に見ながらも、全体の状況を把握しているようだ。
「損害は?」
高田部長が腕を組んで、スクリーンを眺めている。
「墜落は一桁です」
琴坂は、特に数値を見ている気配はないが、そう答えた。多分頭の中でも、何が起きているのか、把握しているのだろう。
「そうか。後で回収可能な感じ?」
「はい。高度低いですし、問題ありません」
「破損と制御不能は? 行方不明なの?」
「それは、帰還後の再出撃前判定の結果なので、全損はナシです」
「あぁ。そうだったね」
だから、追加の質問が来ても、卒なくこなしている。
「それじゃぁさぁ」
そう言って、高田部長は腕を解き、再び琴坂課長の肩に、手を乗せた。
何だろうと思って、忙しく頭を振っていた琴坂課長だが、高田部長の表情と、一番右のスクリーンを指さしているのを見て、言わんとしたことが判る。
そのやりとりを見ていた富沢部長が、溜息をしながらキーボードを叩く。
すると一番右のスクリーンに、再び『チェス対戦』が表示される。
「すまないねぇ」
高田部長は、顎を突き出すような、変なお辞儀をして、琴坂課長の席から離れて行く。
むしろ琴坂課長が、富沢部長に頭を下げて、礼を言っているようだ。
呑気なものである。




