陸軍東部第三十三部隊(二十二)
蔵前橋の先は、大きな緑の区域。安田庭園だ。
元々、この辺の大名屋敷をまとめ買いした『安田財閥のお屋敷』があった。
関東大震災をきっかけに、その先の国鉄両国橋駅と、一体となった開発が行われていて、現在は、都民のオアシスとなっている。
水流を失った隅田川も、蔵前橋の一つ下流にある、両国橋付近から合流する神田川の水を得て、小さいながらもその名残を映す。
正確には、安田庭園に引き込むための『小さな水路』が残されていて、大潮のときはその水路を東京湾からの海水が流れ込み、安田庭園の風景を変化させている。
と、まぁ、そんな市民の憩いの場所を、武骨な兵器で闊歩することもできないので、大きく迂回して、チョコミント部隊は進む、という訳だ。
付近の都営浅草線・蔵前駅は、現在閉鎖中だ。
チョコミント部隊は、付近を簡単にクリアして、尚も進む。
一つ先の浅草橋は、千葉方面からの観光客が、主な列車の終点である両国橋駅から、二両だけの小さな連絡列車で隅田川を渡ってやってくる。
乗客は両国橋駅を出発すると直ぐに、左に『隅田川』、右に『隅田川跡』を眺め、全員浅草橋で下車。
都営浅草線に乗り換えて、浅草や、江戸城方面へと向かう。
総武線としての終点は、その一つ先、秋葉原貨物駅である。
「春日通を右折。渡河せよ」
琴坂課長の指示が飛ぶ。
いやいや、判りますよ? 判りますけど、『厩橋』は、まだ残ってますよ? 隅田川は、なくなってますけど。
「厩橋をクリアせよ」
宮園課長は読めたようだ。隣の山崎が頷いたので、彼女も読めるのだろう。
「チョコミント部隊、九、十分離。高度調整、マイナス十五。
厩橋下部をスキャンします」
そう言って、手元の『電子ペン』で、またチョンチョンと指示を出している。
すると、新たな『◇』がスクリーン上で踊り出し、色が黒になって、厩橋を白色に変えていく。
「映像、出しますか?」
富沢部長が振り向いて、琴坂課長に指示を仰ぐ。
「良いですか?」
琴坂課長は、高田部長の指示を仰ぐ。
「ん?」
不意打ちだったのか、琴坂課長の声を聞いた高田部長が、その声の方に振り向くと、右手が一番右のスクリーンを指している。
「あぁ、良いよ。休憩するから」
意味が判ったのか、本部本部長と、素早く示し合わせて答える。
「厩橋、表示します」
そんな上司三人のやりとりを見ていた富沢部長が、キーボードを素早く操作する。
一番右のスクリーンに、次々と厩橋の橋脚、及び裏面の映像が映し出された。
目を合わせた琴坂課長とも、こればっかりは同意見のようだ。
二人共、ちょっと疲れたのか、そろって溜息をする。
「今日は『ゆっくり』の、攻めだね?」
「これから調子、上げて行きますよぉ?」
一番右のスクリーンを無視して、楽しそうに『トップ二人』が、話しをしている。
どうやら『チェスの対戦』は、しばし休戦のようだ。