陸軍東部第三十三部隊(十九)
薄荷乃部屋に二人の人影。内緒話をしている。
昨日の陸軍への報告について、確認したい事項があったためだ。
一人は、本部本吉本部長。通称、本部本部長。プロジェクトの総責任者だ。
もう一人は、現場統括責任者の、高田孝雄部長、通称、高田部長だ。
二人は大学からの、先輩後輩でもあり、付き合いは長い。
だから、社内で呼び合うとき、昔の役職名だったりするし、二人だけの場合は学生時代に戻り、下の名前だったりする。
「昨日寝てたらさぁ、何か大佐から『詫びの連絡』があったんだけど、孝雄、何があったか知ってる?」
寝不足なのか、それとも『合体中』だったのか知らないが、思い出して、迷惑そうに聞く。
「あぁ、私の所にも来ました。それ!」
こちらも寝不足なのか、それとも『第二回戦』だったのか知らないが、思い出して、迷惑そうに頷いた。
「何だ? ちゃんと『進捗通り問題ない』って、答えたんだよね?」
そう言って部長は、課長を指さして問い詰める。
問い詰められた課長も、真顔で両手を振り、答える。
「ちゃんと、進捗率九十六パーセント、あと二、三日で完成だって、伝えとけって、牧夫の奴に言いましたよ?」
「あぁ、それだよ!」
「何ですか?」
「陸軍さんは、『五日で上にあげる』って?」
「何だ。それなら問題ないですよ」
課長がさらりと言う。部長は驚いた。
「そうなの?」
「そうですよ。出荷は二、三日後ですけど、実際にはハンコペタペタやって、納品するのにもうちょっと掛かりますからね。まぁ、そんなもんで報告して頂ければ」
話の途中で部長は『あー、そうだそうだ』という顔になって、頷いている。
弊社の手続きについて、良くご存じのようで。
「そうか。何か随分丁寧な、詫びの入れ方だったけど?」
「そうですねぇ。それは、ちょっと判りませんね」
二人共口にはしないが、電話の『命乞い』の意味が、良く判らない。
「そう言えば、スピリタス・ロックにカルピスを二滴垂らした物を『ホークショット』と命名して、鎮魂歌の十三番に追加するって、言ってたけど、意味判る?」
部長の質問に、課長は首を捻る。
「私が牧夫に『お勧めだから注文してみろ』って言ったまんまなんですけど、何で『ホーク』なんですかね?」
「さぁ? 『ホーク』封印して、『カイト』だよね?」
「そうですよ。あいつ『調子乗ってんじゃねぇぞ』って、今度、良く言っときますよ」
部長は笑顔になって、頷いた。
そして、指をシュっと出す。
「頼むよ? それに何だ、孝雄ちゃーん『あれ』、教えちゃったの? 悪い奴だなぁ、もぅ」
そう。それは『スピリタス・ロック』のことだ。
「牧夫の奴、
『銀座のバーなんて、行ったこと無いですよぉ。
どうやって注文するんですかぁ?』
て、言ってたんで、教えてやったんですよぉ」
お前も、酷い奴だ。
「ひっどいなぁ。そんな酒、飲めないじゃん」
「大丈夫ですよ。牧夫は蛙さんですからっ」
それを聞いて、部長も思い出したようだ。
「そうかそうか。あぁ、そうだったねぇ」
納得して、出口の方に歩き出す。
しかし、不意に振り返って、提案する。
「だったらさ、孝雄が考えたメニューなんだからさ、『イーグルショット』にして貰ったら?」
笑顔でゴルフのショットを真似して聞く。
課長は頷いた。
「そうですよねぇ」
そう言ってから、ゴルフのスイングをしながら、説明をする。
「全五滴可に、二滴、一気飲みで、『イーグルショット』ですからねぇ!」
ガッツポーズ。素人で『イーグルショット』はご機嫌だろう。
そういう意味だったらしい。
「だよねぇ!」
部長も笑顔で同意した。
銀座の片隅にある、バー『陸士』の『鎮魂歌十三番』の由来について、正しく知る者は、いない。