陸軍東部第三十三部隊(十八)
バーテンダーが、カルピスを持って現れた。
何と言うか、その、初恋感が漂うビンではなく、ミルクピッチャーに入れて、なのだが。
既にお客様はお帰りで、もう一人の大佐も、席を立とうとしているようだ。
と、思ったら、座った。そして頭を抱えている。
「どうされました?」
手に持ったミルクピッチャーを、大佐のグラス横に置いた。
大佐から反応がない。
バーテンダーは、カルピスを持って来るのが遅かったのかと思って、反省する。
今度から、開店したら先ず、カルピスをミルクピッチャーに少し入れて置こうと思った。
「お怒りでした?」
心配そうにバーテンダーが大佐に聞く。すると大佐は溜息を吐き、少し震えながら言葉にする。
「判らない。いや、怒らせてしまったのは、確かだ」
「申し訳ございません」
バーテンダーは頭を下げた。大佐がパッと顔を上げる。
「いや、君は関係ないよ」
そう言って、ミルクピッチャーを覗き込む。
あれは『難解な暗号』だった。初めてだ。そんな暗号は。
良い勉強にはなった。
しかしあれだな。他に使い所は、無さそうだな。
そう思ったし『ホークの仕草』も思い出して、大佐は少し笑った。
そんな大佐の様子を見て、バーテンダーもホッとする。
「何滴か、入れてみます?」
「ん?」
カウンター越しに二人は、目を見合わせて笑った。
大佐は、ミルクピッチャーを持ち上げると、それでカクテルの如く、二滴垂らす。
何も変わらない。そこにあるのは『危険な男が用意した、危険な飲み物』だ。
「これが『ホークショット』だな」
そう言って大佐は、かき混ぜもせず、スピリタス・ロックを口にする。バーテンダーが心配そうに、大佐を見つめている。
「美味しいですか?」
いや、心配していたのは、味の方だったようだ。大佐は笑った。
「あぁ。生きている感じがするよ」
喉が焼けてゆくのが判る。逆に、それしか判らない。
これが、ホークの『意図』したことだったのか。これに、一体どんな意味があったのか。それは判らない。
何も判らないまま、夜が更けてゆく。
そもそも、明日がくるかなんて、そんなことすらも、判らない。そんな世の中なのだ。
「気になるなら、お電話してみたら、如何ですか?」
バーテンダーが『役柄』を忘れ、『仕事の心配』をしている。
「そうだな。そうするよ」
大佐は今夜の内に、詫びの電話を入れることにした。
真顔になってから、微笑んで頷いた大佐を見て、バーテンダーは安堵した。そしてもう一言、大佐に付け加える。
「お連れ様のお勘定も、お願いします」
バーテンダーに言われて、大佐は笑った。




