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陸軍東部第三十三部隊(十六)

 大佐は大本営うえに、報告を早くあげる必要に迫られていた。

 情けないが、来年度予算の都合だ。


 軍人が『金の都合』で作戦を左右されるなど、現場の指揮官トップとしては、胃が痛い。


 難敵と対峙し、実弾でドンパチやっている部下に対し、『金がないから弾もない』なんて、言いたくないものだ。

 それでもそれは、自分にしか出来ない事項と諦める。


「それで、仕事の話だが」


 仕切り直しのつもりで、大佐が口を開いた。

 しかし、今度もホークは喋らない。人差し指を伸ばし、自分の口に充て『静かに』のポーズ。


 大佐は身構える。ホークが何を言わんとしているのか。ホークの仕草から、読み取れと言うのか?


 確かに『陸軍御用達』と、看板が出ている訳ではないが、ここは『関係者が密談』をするために用意された店である。


 そんな店であっても、ホークは決して油断していない。

 どこかに仕掛けられている? かもしれない『盗聴器』。それを警戒しているのだろうか。


 確かに。ホークは『その道』の専門家だ。自分で仕掛けることもあるだろう。


 客として紛れ込んでいる『招かざる敵』。いない保証は、ない。そうだ。ホークでさえ、正式には『関係者』ではないのだ。

 そう。彼は殺し屋。誰も信用などしていないのだ。


 ホークは、ゆっくりとグラスを指す。チョンチョンと淵を叩いて、氷を揺らしている。

 大佐はピンと来て、ホークの顔を伺った。


「進捗?」


 そう言い掛けた所で、ホークの目つきが変わる。そして、前を向いた。慌てて大佐も前を向く。

 そこで、まだ酔ってもいない頭に血流を巡らせて、思考する。


「進捗率九十六パーセント、ということか」


 結論が出た。

 ホークは既に、答えを用意して待っていたのだ。スピリタスの『アルコール度数=進捗率』ということか。納得だ。


 すると、『ロック』だった意味は?

 大佐は、前を向いたまま思考する。直ぐにピンと来た。


『俺が遅れて来れば、進捗率は下がる。と、言うことか!』


 済まなかった意識が芽生え、ホークを直視することができない。

 そして、思い出す。


 ホークが『レクイエムを弾いた』と言ったこと。あれは、俺に対する『警告』だったのだと。

 大佐は脇の下に、汗が流れて行くのを感じていた。


 すると、カルピスは一体何?


 大佐は前を見たまま、思考を巡らせる。

 ホークは、大佐がここに来た『本当の目的』を知っている。


 そうだ。単に『仕事の進捗を確認しに来た』のではない。その報告を受け、大本営うえに、どう報告するべきか、というのを、暗に言っているのだ。


 つまり、製造元として『公式には言えない』事柄を、ヒントとして教えてくれているのだ!

 考えろ。ホークは何て言った?


『二滴』

『いや、三滴』


 渋い声だった。そうだ。『二、三日』だ。それ位で完成すると、言っていたのだ。


 俺が『二ミリ』とか『五ミリ』と思っていたのを、ホークは笑顔で止めた。

 つまりそれは、『二カ月』とか『五カ月』とか、そんな『安全な範囲で答える必要はない』と、言っていたのだ。


 何と言うことだ。危なかった。いや、むしろ恐ろしい。

 確かに、そんな報告を大本営うえに上げたら、作戦全体に、多大な影響を与える所だった。


 しかもそれを、ホークは全て見切った上で『五滴』と助言してくれたのだ。

 つまり、『二、三日で完成するが、上には五日と言っておけ』と、そう言うことだったのだ!


 大佐は、恐る恐る、横目にホークを見た。

 すると、満面の笑みをみせるホークの横眼と目が合った。


「酔う前に、引き揚げますか」


 まるで、独り言のように言って、ホークが席を立った。大佐は頷くだけで、相槌も、席を立つことも、できなかった。


 それでもホークは、まるで『最初から一人だった』感じで、カウンターの少し高い椅子から、ゆっくりと立ち上がる。


 最後まで、大佐への警戒も怠らない。

 カウンターに左手を添え、利き腕を自由にしたまま、大佐から遠い方に向かって床に降り立った。


 大佐は前を向いたまま、再び思考を巡らせる。

 このまま無事に、店を出ることが、果たして出来るのだろうか。


 生きた心地がしなかった。

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