陸軍東部第三十三部隊(十二)
山岸少尉は、大佐の部屋で気を付けの姿勢のまま、立っていた。いや、立たされていた。
気を付けの姿勢と言っても、右手は三角巾で吊るされており、ちょっと痛々しい。
いや、まぁ、それよりも、鼻が折れたのだろうか。顔の中央に鎮座した白い絆創膏の方が、もっと痛々しい。
「それで? 六機は、何処へ行ったのかね?」
大佐の質問が響く。山岸少尉は答えた。
「いえ、昨日ロストしたのは、四機です」
右手を振ろうとしたしたのだが、固定されていて、振ることができなかった。大佐を直視して、言訳じみたことを言う。
「六機で、隊列を、組んでいるではないかっ!」
大佐が画面を指さして、強く腕を振りながら強調する。しかし、その画像は『プチン』と切れた。
また次の映像が現れた。そこにも、六機の自動警備一五型が隊列を組んで移動しているシーンが写し出された。
しかしそれは、また『プチン』と切れた。
さっきから、こんな調子で映像が繰り返されている。
その度に、大佐を始め出席者の一同は、渋い顔をする。しかし、映像の調整をしている真間少尉を、責めることはしない。
なぜなら全員に、画像が『プチン』となる理由が、明らかだったからだ。
「殺られたのは、こいつかね?」
まるで、逝ってしまった者に聞くようだ。途中で真間少尉が止めた映像を見て、大佐が聞く。
バギーでAKー47を、笑顔でぶっ放す女、いや、おばちゃんの顔が、大写しになった。
今いる男たちは、全員思うだろう。
(家のかーちゃんより、怖そうだな)
全員目を瞑って頷く。
会場がAK女の圧に屈している間、真間少尉が、女の、いや、おばちゃんの経歴を映し出す。
写真は、いたって普通の顔だった。だから、男たちが全員画面に注目する。
「えー、今回は『黒沢優子』、おとめ座の二十八歳、日比谷会所属、市ヶ谷、朝霞、間宮と渡り歩いています」
一同がざわついた。
また一人、やヴぁい女、いやおばさん? が、BZのメンバーに追加されたのだ。
「真間少尉、私は、この女、いや、黒沢を、結構前から、見ているのだが?」
手を挙げて質問したのは、大佐である。
大佐は手元の資料を見て、確認しているが、どうやら大佐の手元の資料も『二十八歳』と、書いてあるようだ。
当たり前だ。真間少尉が、コピーして配った物なのだから。
「あー、その件につきましては『本人の希望』ということで、二十八歳で、そのー、打ち止め? ということで」
真間少尉も言い辛そうだ。しかし、出席者一同は、動揺を隠せない。ザワザワと声がする。
何しろ陸軍に『経歴をリクエストできる』強者が、現れたのだ。
「判った。まぁ良いや。続けて」
大佐は納得して、椅子の背もたれに寄り掛かる。それを見て、一同は、また驚きの声をあげる。ザワザワと声が溢れた。
「日比谷会とは、何ですか?」
質問をしたのは、鮫島少尉。レッド・ゼロと激戦中だ。気になるのは当然だろう。
知らない『戦闘集団』が東京にあったとなれば、更なる警戒をしなければならない。
ことによっては、重大な事態に発展しかねない。
「コックさんの集まりです」
そこで一同がざわついた。『コック』とは軍隊で、何の略称・隠語なのか、それが問題だ。
もしかして、ナイフの達人? 逆手に持った中華包丁を、自在に操り、暗殺を遂行する、闇の仕事人?
「コックとは?」
想像が限界に達したのか、誰かが聞いた。手を挙げる余裕もない。
「料理人です。特別な、選りすぐりの」
真間少尉の言葉に、また部屋中がざわつく。
「やっぱり」
「まじか」
「よりによって」
そんな言葉が駆け巡る。
「市ヶ谷本部、朝霞駐屯地、補給艦間宮、なのか?」
誰かが溢した。そんな強者が、何で敵として対峙しているのか。あぁ、一体、何の恨みがあるのだろう。
部屋中がざわついていたのだが、大佐だけは、配られた経歴書を、しっかりと見ていた。
「市ヶ谷ホテル、ビジネスホテル朝霞、間宮食堂」
いや、大手ホテルのフルコースから、食堂の一品料理まで対応可能な、優秀なコックさん、というだけの経歴に、見える? のだが?
「こちら、市ヶ谷時代の写真です」
そう言って真間少尉が、白いコック姿の黒沢を映し出した。
一瞬にしてざわつきが治まり、一同、その姿に、吸い込まれる。それは、白いコック帽を被り、凛々しくも笑顔のコック姿であった。
しかも、結構、可愛いではないか。
それが、先程のAKー47を撃つ姿と、並べて表示される。
誰も、何も言わない。
いや、心の中では、みんな「どうしてこうなった?」なのだろうが、それを言ってしまったら、もしどこかで対峙したとき、必ず刺されそうな気がしたからだ。口を堅く閉ざす。
そうして、静かな時間だけが、刻まれて行く。
そんな沈黙の後、部屋がまたまた、ざわつき始めた。大佐はその様子を、眉をひそめて眺めるだけだ。
もう、この雰囲気は、止められないと諦める。
どうやら、この会議で出た結論は、『今回は黒沢優子』とは、昔から超一流の殺し屋で、ハニートラップなんかも出来ちゃう、危険人物であると言うことだ。
そして、山岸少尉を見て思う。
彼は、そんな敵と対峙し、人的損害を最低限に抑えた、優秀な士官である。と、言うことだ。だぁ?




