陸軍東部第三十三部隊(十一)
意気込んで黒田を追う。三カ月ぶり四回目だ。
いつも良い所まで追い詰めて、逃げられている。
大佐は『お前に黒田は掴まえられん』なんて言っていたが、何てことはない。
いつも目の前に現れて、追い詰めているではないか。
今回も入れ違いで、さっきまで陣取っていた上野方面に、追いかける形となってしまったが、追い詰めているのは変わらない。
「もうすぐです」
ちらっとコンソールを見た田中軍曹が叫ぶ。
ほら。追い詰めた。御用だ! 黒田めっ!
見覚えのあるバギーを見つけて、停車させる。
山岸少尉は、直ぐにバギーを降りて、そちらへ向かう。田中軍曹も、サイドブレーキを引いて、その後を追った。
どうやら黒田は、実は女だったようだ。
電柱にぶつかったのか、横倒しになったバギーを足で蹴っ飛ばし、丁度起こした所だ。
「止まれ! 動くな!」
女は少尉の言葉を無視して、バギーが使えるかどうか見ている。
「ゆっくり、こっちを向け!」
長い髪が揺れて、こちらを見る。
女? いや、おばちゃんだった。性別は女であろう。
それにしても、怖い顔。いきなりガン飛ばして来て、何だ?
「そのバギーは軍のものだ。手を離せっ」
手を振りながら女、いや、おばちゃんに命令。
しかし、この女、いや、おばちゃんは、手を上に挙げさえしない。まぁ、こちらも拳銃とかそういうので、威嚇はしていないのだが。
むしろ両手を腰にあて、片足でバギーを踏みつけている。
「何だい? あんたら?」
見りゃ判るだろ。軍人だよ軍人。士官様だよ!
「第三十三師団の山岸だ。このバギーは軍で追っていたものだ」
「そうかい。でも、先に見つけたのは、私だからね」
そう言って右手を自分の胸にあてて、意見を主張する。
「良いから、バギーから離れろ!」
命令形で言ったのは、田中軍曹だった。
いいぞ。もっと言ってやれ!
そう思って山岸少尉は、田中軍曹の方を見たときだった。何故か田中軍曹の顔が恐怖に変わる。
驚いて振り向いた瞬間、黒い影が少尉の目の前を横切り、田中軍曹は吹き飛ばされてしまった。
どうやらこの女、いや、おばちゃん、バギーを踏み台にしてジャンプし、田中軍曹の『のど元』目掛けて、膝蹴りを繰り出したらしい。なんて危険な女、いや、おばちゃんだ!
それをまともに食らった軍曹は、ひとたまりもない。一撃KOだ。
「拾ったものは、早い者勝ちなんだよ!」
そう言うが早いか、回し蹴りが、山岸少尉のみぞおちに入る。
迂闊。こんな急に展開になるなんて、学校でも教わっていた? かもしれないが、こんな安全な現場で、民間人から、グハッ!
そう思っている間にも、今度は女、いや、おばちゃんの肘が顔にめり込む。ブンッていう音、聞こえた。マジで。
いってぇー、全然容赦なんて、ねーじゃねーかよ!
こっちは拳銃で脅したり、何か命令とか、まだしてない?
あ、したのか。ちょっとだけっ。ビギッ! ウハッ?
右手が、右手が、背中であらぬ角度で曲がっている!
折れる! 折れるって! ごはん食べられなくなるって!
イッテェェ!
アッ! 逝った。
この女、いや、おばちゃん、つえぇぇ。
山岸少尉は、膝から崩れ落ちた。
「まったく。こんな暗い場所でレディーを襲うなんて。いけ好かない連中だよっ」
手をパンパンと叩いた女、いや、黒沢は、足を大きく振りかぶって、山岸少尉の腹を蹴る。
とどめか? いや、まだ生きているのを、確認するためだ。
グエッっと音がしたので、まだ生きているようだ。
まぁ、誰かその内、助けに来るだろう。それまで寝てな。
こんな奴に、唾を吐き捨てる程のことでもない。
黒田はバギーに乗り込んで、そのまま闇に消えた。
後を追う者? 誰もいない。