陸軍東部第三十三部隊(九)
寛永寺駅の裏口までやってきた。この薄い壁の向こうは、観光客が大勢歩く、平和な世界だ。同じ日本とは思えない。
しかし、まぁ、休戦中とは言え、戦争中にも関わらず、この国に観光に来るとは、中々に勇気のある人達だ。
目の前に銃弾が飛んで来ないと、実感しないのだろう。
山岸少尉は携帯を見た。電波は入るようだ。早速緊急コールだ。
『お待たせ致しました。こちら、みんな大好き自動警備一五型、緊急ダイヤルです。現在大変込み合っております。大変申し訳』
女性の案内が聞こえていたが、山岸少尉は電話を切った。そして、黙ってリダイヤルする。
『お待たせ致しました。こちら、みんな大好き「イーグルを出せ!」
女性の案内音声が途切れた。うまく繋がったようだ。
一般回線からの場合は、丁度『みんな大好き』の所で『合言葉』を言うのが決まりなのだ。初回はうっかり通り過ぎてしまった。
この会社、頭がおかしい奴しかいないのだろうか。
電話の向こうでは、何だか取次の声が聞こえている。
『ぶちょー、何か、この間二基ロストした、アフォ少尉だと思うんですけどー』
誰だ。女性の声。丸聞こえだぞ!
『何だ、まーた、やまぎっさんから、一般回線なの? この間、一般回線からはヤメロって、言ったばかりなのに。しょうがねぇなぁ』
『あはは』『冗談が過ぎる』『忙しいんだから切っちゃえよ』
誰だ。今度は男の声、それに周りも、丸聞こえだぞ!
『どうします? ぶちょー、これから会議ですよね?』
おいおい、どういう扱いなんだよ! 緊急コール!
『しょうがねぇなぁ、本当に急ぎか、ちょっと聞いてみろ?』
急ぎだよ! 緊急なの!
『お待たせしております「緊急です!」あら』
あらじゃねぇよ。早くしろよぉぉっ!
『ぶちょー、やっぱり緊急みたいでーす』
そうだよぉぉぉっ、イーグル、そこに居るんだろ! 出ろよ!
『えーっ、そうなのぉ? 嫌だなぁ』
今度、軍法会議に掛けてやっからな!
『これもお仕事なんですからぁ、回しますよぉ』
そうだよ、早く回せば良いんだよ!
『しれっと『カイト』に回しちゃえよぉ』
誰だよ『カイト』って、イーグル、取れよ! そこの受話器!
『だめですよぉ、今日はピアノの発表会があるって、年休だったじゃないですかぁ』
知らねーよ。そんなの知らねーよ!
『そうかぁ。そんなこと言ってたなぁ。じゃぁ、呼び戻すかぁ』
馬鹿! 戻ってくるまで待たせる気かっ!
『ダメですよぉ。ぶちょー、一応、陸軍の士官さんなんだから、ちゃんと相手してあげて下さいよぉ』
そうだぞ! 一応、まだ士官だぞ! 二機ロストして始末書書いたけど、まだ士官だぞ!
『めんどくせーなぁ。そんな、作戦中に『個人携帯』とか、持って歩いていることの方が、軍法会議もんだろうがぁ。ケッ』
そこは、突っつかないで欲しい、の、ですが。
電話の切り替わる音がする。
『はい。こちらイーグルです。ご用件をどうぞ』
「第三十三師団の山岸ですが、先日受領した七号機が、どうやら制御不能でして」
『こちらでも捕捉しています。三ノ輪付近、旧国鉄三ノ輪駅三番出入り口付近でスタックしているようですが、また無茶な指令をしたんじゃないですか?』
何だか、全部お見通しな感じなんですけど。怖い。
「まだ、何も指令していません。オートのままです」
『作戦変更の指示が出て、お宅のチーム『ヒャッハー祭りだぁ』から、別チーム『ヒャッハー肉を出せぇ』に移籍してますが?』
「はぁ?」
誰だ? そんなアフォみたいなチーム名にしたのは。いや、うちのチーム名も大概だな。
『同じ『ヒャッハー』なんだから、チーム編成を変えているだけですよね? だとしたら、『肉祭り』のチームリーダに言ってですね、コンソールからチーム編成をやり直して下さい』
「え? 肉祭りの? 何?」
『肉、大好きなんですよね?』
「はい。好きですけど」
『じゃぁ、その方に言って、チームを再編して下さい』
「判りました」
『機能は正常です。では、失礼します』
通話は切れた。首を傾げる。
山岸少尉は携帯をポケットにしまうと、田中軍曹に聞く。
「軍曹、肉は好きか?」
少尉のパチクリする目を見ながら、軍曹は答える。
「はい。好きであります」
軍曹は首を少し斜めにして、頷いた。
「じゃぁ、チーム編成してくれ」
「どういうチーム編成ですか?」
訳の判らない指令に、軍曹は驚く。思わずコンソールの蓋を閉じて聞き直す。しかし少尉も、首を傾げている。
「いや良く判らん。『肉好きな奴に聞け』って言われた」
首を反対側に向けている。軍曹も反対側に首を傾け、再度聞く。
「じゃぁ、牛肉派と豚肉派にしますか?」
「そうしよう!」
明るく言う少尉の声を聞いて、軍曹は再びコンソールを開いたのだが、何と言うことでしょう。
そこからは、チームが崩壊する様が、読み取れただけだった。




