陸軍東部第三十三部隊(六)
「何? 靖国に逝っちゃってるの?」
大佐が聞き直すまでに、三秒掛った。真間少尉は頷く。
「はい。一カ月程前に」
「じゃぁ、この人、誰?」
スクリーンに映る『黒井大佐』を指さす。真間少尉は額の汗を拭いてから、答えにくそうに答えた。
「同姓同名、姿形がそっくりな『別人』と思われます」
「同じ『空さん』という経歴を持つ?」
「おっしゃる通りです」
そこで再び沈黙が訪れる。
「是非、会ってみたいものですな」
口数の少ない右井少尉が、沈黙を破った。
大佐は眉をしかめる。
最近加わった右井少尉は、口数も少ない陰険な奴だが、それ以上に気味が悪い。
「防疫給水部で、彼が、何の役に立つんだい?」
その問いに、右井少尉は何も答えず、ただ微笑みを返しただけだった。大佐は、その微笑みが苦手だ。
やはり右井少尉は、頭が切れる。
しかし、真間少尉と違い、傍には置きたくないタイプだ。まぁ、それは向こうも同じだろう。
中央からの指示で加わった『防疫給水部』が、何をしている部署なのか、良く判らない。
それに、『あまり詮索するな』とも念押しされた。
言い方からして、『あまり』と接頭語が付いていたが、それは『絶対に』と言っているに等しかった。
陸軍東部第三十三部隊だって、架空の部隊。
かなりやヴぁい所なのに、そこへ『絶対に詮索してはいけない』部隊が、追加されたのだ。おいおいだ。
どうせ、碌でもないことでも、しているんだろう。
一応、表向きは、『美味しいお水』を作っている、ということであるが、集めている薬品が『塩素』だけでなく、『おいおい?』『え? なにこれ』みたいな薬品まで、決済した記憶がある。
それに、淀橋浄水場を接収して、広大な研究所にしちゃって。本当に、『美味しいお水』を作っているのか、怪しいものだ。
正直、あんまり変な『片棒』を担がされても困る。
「とりあえず『地上に舞い降りた鷹』ということに、しておこうか」
大佐がそう言って、緊急会議はお開きになった。
最後に、真間少尉が心配そうに、二人の向かった先が、山岸少尉の管轄内であることを付け加えた。
そこで全員の目が、再び山岸少尉の方に向く。
山岸少尉の方を見ると、今度はちゃんと目を開けてる。全員が安心して席を立つ。
山岸少尉は、うつむいたままだ。何か作戦を考えているのだろう。
しかし、大佐には判る。
あの首の角度を見るからに、夢の中なのは間違いないと。
部屋が明るくなり、大佐も「二次会には間に合うかな」と、急いで部屋を後にする。
山岸少尉は、やはり椅子に腰かけたままだ。