陸軍東部第三十三部隊(五)
その日の内に、各方面の責任者が、再び大佐の部屋に集まった。結果を伝える役の、真間少尉の表情が冴えない。
それは判る。緊急招集を依頼した者だからだ。
もう一人、頭に三段のタンコブがあって、両方のまぶたをマッチ棒で閉じないように固定された、山岸少尉の姿とは対照的である。
大佐に呼ばれた少尉は、着席の際、チラっと山岸少尉の方を見て、怪訝な表情をしたのだが、大佐の不機嫌そうな顔を見て、状況を理解した。そして、何も言えなくなった。
今日は、娘のピアノの発表会だったのだ。
大佐は思う。それとこれとは重要度が違う。
そんなことは百も承知だ。
娘だって、右ストレート三発くらいで、許してくれるだろう。あれは腰の入った、良いパンチだ。
それに、開演から既に三時間。もう絶望的だ。
もう今頃は、皆で寿司でも摘まんでいることだろう。
俺の『つけ』で。
「黒井保の情報が掴めました」
恐る恐る真間少尉が言う。場に緊張が走った。大佐からの『無言の圧』がすんごい。
「三沢からの情報によりますと、戦闘機『橘花Ⅶ』のパイロットで、これまでにMIG八機を撃墜した、『エース』です」
真間少尉が息をついた。大佐の反応を待つ。
すると大佐が頷く。
「上官に反抗したため、赤城から降ろされて、今は百里基地です」
真間少尉が不安な目で大佐を見る。上官に背くなんて、どんな神経をしているんだ。
やはり、大佐の目が光った。ゆっくりと動き出す。
その瞬間が一番怖い。
「何をしたんだ?」
「部隊長に殴り掛かった所を、仲間に止められています」
「原因!」
資料を見ていた真間少尉は驚いて、顔を上げる。そこで、再び大佐の目を見る。
パンチの一発位、耐えろ。部下は『銃弾』と対峙しているんだ。
大佐の目が、そう言っている。
真間少尉は頷き、資料を捲って説明を始めた。
「休戦発効中に、哨戒に出た僚機が不意打ちで撃墜され、そのまま交戦を開始。えっ三機? 失礼しました。全機撃墜して、赤城に帰還した所を上官に咎められ、逆上したようです」
大佐は、ゆっくりと頷いた。
仲間を失った、その気持ちは判るのだろう。
「それで?」
しかし、後に続けられた言葉は、少々冷たかった。やはり、大佐は、規律に厳しいお方である。
例えそれが『英雄』であってもだ。真間少尉は、気を引き締めて、資料の続きを読む。
「はい。その後、百里にて実施の新型機、キ801で、アフターバーナーのテスト中に、エンジントラブルが原因で大破。二階級特進し、最終階級は『大佐』です」
それが、最終ページだった。
全ての資料を読み終わって、真間少尉は敬礼をして、大佐の指示を待つ。
「そうか。判った。ありがとう。良いよ」
「はっ!」
真間少尉は敬礼を止め、気を付けの姿勢に戻った。そして、頷きながら考え中の、大佐を見つめる。
きっと、二秒以内に何か指示があるはずだ。
「んん?」
大佐は頷いた後、直ぐに顔を上げた。
しかし指示はなく、目をパチクリさせただけだった。