陸軍東部第三十三部隊(一)
壁面に東京の『大きな地図』が掲げられている。
しかし、それは飾りだ。実際に使われているのは、机上に貼られた方の地図だ。
そこには『凸』の形をした図形が、沢山貼られている。
日章旗を模った自軍の『凸』がある。それに、赤、青、白、黒で塗られた四種類の『凸』が、地図上に配置されていた。
「BZは、何処へ移動したんだね?」
大佐は手に持った黒い『凸』を持って、どこに置けば良いのかを聞いた。聞かれた少尉は、直立不動のまま答える。
「判りません。現在、追跡中であります」
そう言って、敬礼をした。大佐は敬礼を無視して、手にもった黒い『凸』を、金町付近に転がす。
そして、大きくため息をする。
大佐は呆れて少尉を見た。
一週間前だろうか。『BZを壊滅させる』と、鼻息も荒く意気込んだ少尉は、国道四号沿いの元渕江公園を接収し、大々的に部隊を展開していた。
近隣の住民からは沢山の苦情が、よりによって『大本営』を通じて、こちらに寄せられていた。
まったく、言訳をするのも大変だった。
しかしBZは、そんな『派手な動き』を察知したのだろう。
さっさと国道四号からのルートを諦め、迂回して、国道六号線から東京アンダーグラウンドに、侵入したのだ。
まったく、なんてこったである。
「パンナコッタとは、違うんだからな!」
「はっ!」
眼光鋭く大佐からの『お叱り』を受け、少尉は再び敬礼をする。
しかし大佐は、またしても少尉の敬礼を無視。
まったく、こいつは使えない奴だ。
さっき金町の検問所が、都庁へ定時連絡をする際、二名の氏名を平文で報告していた。それと同じくらい、間抜けだ。
そんな通信、『どうぞ盗聴して下さい』と、言っているようなものだ。呆れるではないか。
だからこちらも、遠慮なく盗聴させて頂いた。
本当に、ごちそうさまだ。
ここで会話に登場した『BZ』とは、東京アンダーグラウンドで暗躍する、指定テロ組織『東京地下解放軍』の諜報機関『ブラック・ゼロ』の略称である。
そんな敵対する組織の名称を、こちらで使って『有名』にしてやる必要はない。
だから、こちらで勝手に決めた略称で、会話することにしている。
文句は言わせない。そんなの常識だ。
それにしても、大佐は渋い顔である。
中野の『学校』を『ギリ卒業』して配属された少尉、えーっと、確か、名前は『山岸』。その、山岸少尉は、血の気だけは多いが、少々配慮が足りないので、凄く有名らしい。
大佐は思い出して、もう一度溜息をする。
山岸少尉が集めた第三十三師団の構成員も、おおよそ陸軍の風格には合っていない。
髪型してまともではない。
何だ? モヒカンって。ふざけてるのか?
大佐は視察した日に、頭痛が痛くなってしまい、白い白馬にまたがって、銀座のママの所に、帰って行ったのだ。
「何処に目を付けているんだ!」
色々思い出して、ムカムカしてきた大佐は、大声で山岸少尉を叱責した。すると山岸少尉は、再び敬礼をして答える。
「ココであります!」
敬礼をしている手とは反対の手で、自分の両目を指す。
大佐は「はぁぁぁぁっ」っと、大きく息をして、穏やかな笑顔になった。そして、再び真顔になって、山岸少尉に指示。
「逝って良し!」
「はいっ! 失礼します!」
少尉は一旦敬礼を解き、姿勢を正した後、再び敬礼をしてから、ふつーに部屋を、出て行った。
きっと明日も来るだろう。
大佐は椅子に崩れ落ち、頭を抱える。
疲れた。今日はもう、銀座のママの所に帰りたい。