アンダーグラウンド(四十六)
「何か、『ラリホー』とか言ってましたねぇ」
笑いながら黒井が、黒田に話しかけた。黒田も笑っている。
「戦場では、あれ位のテンションに、なっちゃうもんだよ」
そう言って、「判るだろ?」という目で見られ、背中をトントンとされた黒井は、笑顔から真顔に戻った。
思い返せば、スクランブル発進だって、命が掛かっていた訳ではない。いや、もちろん『覚悟』はしていた。
でも、俺、対艦・対地のFー2だし。
基本、スクランブル発進は、Fー15Jだったよなぁ。
かと言っても、もし対象が『核を撃つ』なーんて、しようとしていたら、それはもう『何をしたって』止める。俺が。
しかし、大先輩の時代みたいに、MIGと『ロックオン合戦』をしたことはない。
ブザーが鳴ったのは、訓練の時だけだ。
「黒田さんは、どんなテンションで『突撃』します?」
急に聞かれた黒田は、黒井の顔を見る。真顔から、少し笑ったように見えた。ちょっと考えて、答える。
「そうだなぁ。俺は『アディオス!』だなぁ」
そう言って、おでこに手を当て、パッと振った。
「ブッ。え? それって、死んじゃうみたいじゃないですかぁ」
黒井は吹き出した後、笑顔で黒田を指さす。黒田、絶対死ぬことなんて、考えていないよ。また、嘘か冗談だよ。
「そうか? 映画で見た『ガンマン』が、カッコ良かったからさぁ」
そう言って、ガンホルダーからリボルバーを取り出す振りをして、それを連射する。
「バン! バン! バン!」
なんか速い? いや、絶対速い。練習してるんじゃね?
「うわぁぁ、やぁらぁれぇたぁ~」
そう思いながら、黒井はおどけて、撃たれた振り。
黒松と黒沢が、そんな二人の様子を見て、口をへの字にし、両手を広げながら顔を合わせる。
首の角度は違うが、お互い曲げたまま、ボソリと言う。
「こいつら、仲良しだな」
「ですな。今度、戦闘訓練でもしますか」
そんなことを言われてしまっても、致し方ないだろう。
黒松が近づいてきたのが判って、黒田が黒松に聞く。
「『コトコト』ちゃん、まだ行方不明なの?」
心配そうに聞いた。黒田が他人の心配をするなんて。明日は雨だろうか。いや、ココは関係ないか。
黒井が一人で頭を振っている横で、黒沢も頷いて同調した。
どうやら『コトコト』なる人物は、ブラック・ゼロにとって、重要人物らしい。
「そうなんですよねぇ。パタッと音信不通になって、全然」
黒松は、言葉を詰まらせた。普段は明るい三人が、心配しているだと? 黒井は首を傾げて、黒松に聞く。
「『コトコト』さんって、どなたですか?」
黒松だけでなく、黒沢も、黒田だって、黒井を見る。
まるで「お前、知らないのかよ!」と、言いたげだ。しかし三人共、その言葉を飲み込んだ。
黒松が腕を振りながら、黒井に説明する。
「凄腕の『ハッカー』だよ。もうね『伝説級』なのさ」
「そうだよ。あのNJSのセキュリティーを破って、システムに侵入した、唯一の『ハッカー』なんだぞ?」
黒田が、何度もまばたきしながら、真顔で黒井に言う。
「あれは、見ていて凄かったよねぇ」
悲しくも笑顔で、黒沢が黒田を指さす。すると黒田も、NJSとのバトルを見ていたのだろう。大きく頷いた。
「もうね、並み居るハッカーの攻撃をすり抜けてさぁ」
腕を振って黒田が熱弁すると、黒松が同調する。
「そうそう。『アルバトロス』とか『ブラックスワン』とかね!」
そう言って、黒田を指さす。黒田もウンウンと頷いた。それを見ていた黒沢が、大きく頷いて、黒井に説明をする。
「当時『イーグルの後継者』と目されていた『ホーク』のパソコンに侵入してさ、『ホーク』のプライドをズタズタにしたんだよ」
そう言って苦笑いした。鼻から息を「フッ」と吐いて、今にも大笑いしそうだ。
「何をしたんですか?」
侵入するのは許される所業ではないが、何をしたのかは知りたい。
すると、黒沢と黒松と黒田が、「誰が言う?」という感じで譲り合っている。手のひらを上に向け、お互いに「どうぞどうぞ」という感じだ。
黒沢が引き取って、黒井に説明する。
「パソコンの画面に、ブフッ、飾っていた『娘とのツーショット写真』をね、ブフッ、『ワンちゃんとの、ブフッ、ツーショット写真』に、変更されちまったのさっ! アハハハハハッ!」
そう言って、もう耐え切れなくなったのか、黒沢は、腹を抱えて笑い出した。
「あれは、傑作だった! もう、思い出しただけで笑える!」
黒田も腹を抱えて笑い出す。それを見て、黒松も笑い出す。
「酷いこと、するよねぇ。血も涙もねえよ!」
「パパ、泣いちゃうよぉ!」
笑い過ぎてちょちょぎれた涙を拭きながら、黒沢が叫ぶ。
「それは、ひっどいですねぇ。鬼畜だなぁ」
笑ってはいけないと思うのだが、黒井も、つい笑ってしまった。
その笑顔を見て、三人も頷いている。
「そんな凄いハッカーなんですね。無敵だなぁ」
黒井が納得して頷くと、それを見た三人が、一旦真顔になって顔を見合わせた。そして、直ぐにまた笑顔になって、笑い始めた。
黒井は首を傾げるばかりである。
「最強じゃ、ないんですか?」
黒井が聞くと、再び黒沢と黒松と黒田が、「誰が言う?」という感じで譲り合っている。またか。
手のひらを上に向け、お互いに「どうぞどうぞ」という感じだ。
やっぱり黒沢が引き取って、黒井に説明する。
「やっぱり、最強は『イーグル』だよ」
いや、最強はFー22だよ、と思ったが、それは置いておく。黒井は黒沢に聞いた。
「撃墜したんですか?」
ちょっと『ニュアンス』が違っていたが、だいたいあっていたらしい。三人が揃って頷いている。吹き出すのを堪えながら。
「ああ。『イーグル』にさ、
『パパにおしりペンペンしてもらうからなっ!』って脅されたら、
速攻消えて、居なくなった!」
何とも言えない渋い顔で、笑っている。
背中がムズムズしているようだ。
「あれは、可・愛・かっ・た・よねぇ」
黒松が強調して言った後、同調して頷く。黒田が黒井に言う。
「逃げ足、凄く早かった。もう、一瞬で、パンッ!」
音に合わせて手を叩き、黒田まで思い出して笑い出す。
そして三人は、うな垂れた。
どこへ行ってしまったのか『コトコト』ちゃん。
誰もその姿を見た者はいない。
しかし、君のお陰でブラック・ゼロは、自動警備一五型のマザーコンピュータに、侵入できたのだ。