アンダーグラウンド(四十三)
ラップトップの画面に映る『ミントちゃん』を見て、四人は黙ってしまった。腕組みをして考える。
遭遇したケースを、想定してみよう。
二百五十メートル間隔で配置に着いた、七機の自動警備一五型から、各八機、合計五十六機の『ミントちゃん』が発進する。
音もなく、時速二百キロメール毎時で飛び回り、索敵範囲は数キロ四方に及ぶ。
光学カメラ、赤外線センサー、音響センサー、明るくても、暗くても、隠れていても無駄。逃げ場所はない。
もし見つかれば、連携して追い回される。先回りされ、取り囲まれ、どこまでも追って来る。
狭い所に逃げ込んでも、無駄だろう。
そして、ターゲットを捕捉すると、吹き矢の照準を合わせ、音もなく発射。
そして、飛び去って行く。
姿を見つけて、その一機を破壊しても、代わりが次々と襲い来る。
単体では無理と判断された場合、合体して、大物の武器を持ち込んでくる。
自爆攻撃も有り得る。きっと、躊躇はしないだろう。
それでもダメなら?
五十六機を撃墜し、助かったと思っても、その頃には自動警備一五型に、取り囲まれているだろう。
最悪だ。生き延びる望みがない。
黒沢は別のチームに、この状況を伝達しているようだ。
嘆き続ける野郎共を捨て置き、さっきから『黒電話』で、話を続けている。
隣には、渋い顔をした黒田が付き添い、一緒に話を聞いていて、時々大きな声で受話器に声を叩き込む。
なぜ、今時黒電話? まるで『夫婦漫才』を見ているようだ。
黒井は苦笑いである。
しかし、考えを改める。
きっと、携帯電話の電波が、アンダーグラウンドには、ないからだろう。
そう言えば無線だって、あまり遠くまでは届かない。
黒井は、ふと思った。黒松に質問する。
「あのー、ドローンの協調運用って、どうやるんですか?」
「JPSを使うんだよ」
頭を抱えたままの黒松が、直ぐに答える。
「ジー・ピー・エス?」
黒井は、思わず聞き返す。聞き間違えだろうか。
「ジェイ・ピー・エスだよ!」
やはりJPSだった。何だろう?
「何ですか? それ」
「ジャパン・ポディショニング・システムの略だよ」
黒松が頭から手を外し、黒井に答えた。目が釣り上がっている。だいぶ、イラついているようだ。怖い顔である。
黒井は、目をパチクリして頷く。
あー。アメリカの奴じゃないのか。多分、日本が展開している、GPS的な物なんだろう。
そう思っていると、黒松から捕捉。
「衛星からの電波で、現在位置をミリ単位で計測するんだよ!」
あ、やっぱり。黒井の納得した顔を見ると、黒松は、再び頭を抱え、頭をガリガリし始める。
しかし、直ぐにそのガリガリが止まって、目を大きくして、ゆっくりと振り返る。
黒井も、同じことを思っていた。
ここは、昼なお暗し、アンダーグラウンド、ですよ?
「中継基地を、壊しちゃえば良いんだ!」
「ですよね! 衛星の電波、入りませんもんね!」
黒松と黒井が、笑顔で顔を見合わせ、お互いを、人差し指で指し合う。そして、大きく頷いた。
「中継基地って、どんなんだろう?」
黒松が、コンソールに向かい、キーボードをカチャカチャと、叩き始める。
黒井も隣で、目を皿のようにして、画面を凝視する。
そこへ、電話を切った黒沢と黒田が戻って来た。一緒に、画面を覗き込む。
「中継基地?」
黒田が聞いてきた。黒松は大きく頷く。
「はい。それを壊せば、『ミントちゃん』制御不能に、なるんじゃないかなーって、思いましてね。今探しているんですよ」
そう言う間も、画面を凝視したままだ。
そして、パッと開いた画面に、アンテナの付いた『中継基地』の写真が表示された。
「これだっ!」
「やったっ!」
黒松と黒井が、嬉しそうに手をパチンとやって、立ち上がった。しかし黒田は、画面を見たまま固まっている。
「どうしたんだい? そろそろ出発だよ?」
頭に鍋を被った黒沢が、三人に声をかける。安全のため、拠点を移動するのは、昨日、話があった通りだ。
「中継基地が、判ったんですよ!」
黒松が画面を指さして、黒沢に見せた。
しかし黒沢は、意外なことに、あまり嬉しそうにしていない。画面を見ている黒田の方を見て、一言発しただけだった。
「これ、さっき潰したやつだよね?」
「うん。そう。AKで撃ったやつ」
黒田が頷いた。まるで、最初から判っていたかのようだ。
そう。さっき黒沢と黒田がぶっ放していたAKー47の銃口は、この『中継基地』を狙っていたのだ。
黒松と黒井のお陰で、だいぶ破壊できた。こいつらも、ちょっとは役に立つものだ。
「あんたら、何、ぼへーっとしてるんだよ! 行くよ! カンカン!」
黒沢が頭に乗せた鍋を揺らしながら、手に持った中華鍋をお玉で叩いている。
「今夜は、新拠点で『エビチリ』だよ!」
黒沢が、中華鍋とお玉を、高々と振り上げて鼓舞した。
黒沢! どこまでも、ついて行きます!