アンダーグラウンド(三十八)
倉庫に着くと、直ぐに『洗脳』作業を開始する。
眠り続けている自動警備一五型に、『悪魔のささやき』を呟くのだ。
昨日黒松が、鼻歌混じりで、それはもう『楽しそう』に、作り上げた『プログラム』のことだ。
メンテナンス用に開けられたフタの中、制御パネルの横にある『イヤフォンジャック』に変換コネクタを挿して、『それ』を流し込む。
にやける顔は、まるで『何か』の売人だ。
「隣の、USBじゃ、ないんですか?」
黒井が指さした先には、既に『小型機器のコンセント』としても、定着した感のある、USBの差し込み口がある。
「これはね、トラップなんだよ。あ、充電は出来るよ?」
普通の顔をして、黒松が言う。黒井は「ぎょっ」と顔をしかめる。
「挿してみる? 俺は逃げるけど」
そう言って黒松は、まだ『洗脳』していない機体を指さす。
「あー、俺も逃げるけど」
「私が運転するわ。全力で」
黒田と黒沢も、笑って逃げる方に同調した。
酷い。黒井は置いてけぼりらしい。慌てて両手を振る。
「いや、いいっす。勘弁して下さい。酷くないすかぁ?」
もう、この世界は、知らないことが多すぎる。
それに、ちょっとの間違いが死に直結って、勘弁して欲しい。
軍事機密だって、そんな仕様にはなっていない。もうちょっと、扱う人に優しい仕様にしようよ。
あ、しようもないこと言って、すいませんでした。
頭を下げ続ける黒井を無視して、黒松は作業を続けている。
セッティングが終わると、例の『お友達になりましょう』体操、いや、音頭、いや、えーっと、何でもいいや、そういう感じの奴。
それを省略し、既に『お友達』となっている機体から吸い上げた『ジャーナル』を利用して、高速で『再学習』させている。
「保存データを直接書き換えると、それでも『トラップ』発動さ」
ちょっと自慢げに、黒松が言う。黒井は首を傾げるだけだ。
つまり、ブラック・ゼロの『認証済みデータ』を、直接放り込むと、自動警備一五型の腕が『ブン!』という訳だ。
だから、一度学習させた行為を、面倒でも再現し、あたかも『正規のルート』から、読み込ませた形にしないと、いけない。
そういうことだ。
めんどうだな。誰だよ。そんな仕様にしたのは!
「NJSのは、そういうのばっかりなんだよねぇ。マジ難解」
黒松も、相当の『使い手』のようだが、それをしても、コイツの製造元の、エヌ・ジェー、何だって?
「あのぅ『NJS』って、何ですか?」
黒井が、控えめに右手を挙げて質問した。すると他の三人が、目を剥いて凝視する。
「え? まじ?」「え? まじ?」「え? まじ?」
揃って驚かれ、黒井も答える。
「ええ。まじでまじで」
苦笑いで乗り切ろうとしたが、三人の表情は『驚き』のままだ。
「まじでまじでって」「何それ。大丈夫?」「マジマジ?」
今度は揃っていなかった。
黒井は何を言っているのか、聞き取れない。
「落ち着いて、一人づつ、お願いします」
黒井は両手を縦に振って、三人に頼む。すると三人は、一歩前に出た。そして、勝手に説明を始める。
「あんた日本情報処理と言えば、東京を陰であやつる大企業だよ?」
「武器だって製造してるし、軍にいたなら使ったことあるだろ!」
「凄腕のハッカー集団がいるって、伝説になっているんだよ?」
「ビルの警備システムだって、そうだし、研究所の機密だって、保護してるでしょ」
「お前、戦闘機の制御システムとか、ミサイルの照準とか、そういうのでお世話になってないの?」
「中でも『イーグル』はヤヴァイ奴って、噂だよ?」
ダメだ。やっぱり、同時に話されて、黒井には判らない。
「誰か! 文字に! 起こして! 下さい!」
頭を掻きむしりながら叫ぶ黒井の声が、まだまだ説明が続く倉庫に、こだました。
いやいや黒井さん。それは『無理』と、言うものだ。




