アンダーグラウンド(三十五)
テーブルを囲んで、三人でお茶にする。
お茶と言っても、いわゆる葉っぱを蒸して乾燥させた奴に、良い感じのお湯をぶっかけたものではなく、お茶の飴玉だ。
賞味期限は、全然確認できなかったが、何。多分大丈夫だろう。お茶特有の苦みと渋み。それと、飴特有の甘みと苦み。
あー、大体、そんなものを感じる。
「鹵獲したのは、どの辺に隠して来たんですか?」
黒松が地図を睨む。黒田が小指の先で「チョンチョン」と指す。
「ここの倉庫かな。青いシャッターね」
にっこり。黒松は頷いた。そして、今度は黒井に聞く。
「ラップトップは、どの辺?」
黒井は小指を出す。しかし、その行先は地図ではなく、耳だ。
「どこだっけなぁ」
片目を瞑って、耳かき。気まずい。凄く気まずい。
倉庫を出発してから、拠点を目指してジグザグに路地を歩き、時々『罠』なんて仕掛けながら、来たものだからぁ。
「えーっとねぇ。うーん」
渋い顔をして、地図を見る。ダメだ。判らん。
「空路とか、地形図なら、判るんだけどなぁ」
ぼそっと、小さい声でつぶやく。ちらっと黒田を見たが、ニヤニヤしているだけで、助け舟は出してくれなさそうだ。
「ちょっとぉ、たのんますよぉ」
黒松が、イライラしている。折角、自動警備一五型の『コンソール』が手に入ったのに、こーのボケ茄子土手南瓜おたんこ茄子巣の入った大根役者が、どこに隠したのか忘れてしまったのだ。
発信器を警戒して、拾ったアルミホイルで包んだらしいから、探知機だって、判らんではないか。
まったく、余計なことをしてくれる。お前みたいな痛い奴は、青空の向こうへ飛んで行け!
「何処に置いて来たのかなぁ? もしもーし。思い出してぇっ」
黒井の頭をコツコツやりながら、黒松がイラついて聞く。しかし、黒井は、黙って下を見たままだ。
誰か『お座り!』って言ってほすい。まじで。
「あのね『コマンド一覧』っていうのと、『チーム編成』とか『集団戦術』みたいなメニューが、あったよ?」
そう言って、黒田が黒井を覗き込む。黒井は、ますます小さくなって行く。反対に、黒松の目は、どんどん大きくなって行く。
「何処すか? ど・こ・な・ん・で・す・か!」
声がでかい。そんなに大きな声を出さなくって、思い出せませんから! 安心して下さい!
「まぁ、そんなに責めないであげてよ」
黒田、マジ神。
黒井は下を向いていたが、顔をあげた。目に涙を浮かべ、両手を顔の前で組み、黒田神様と、黒松大魔神に訴える。
「すいませんでした。ホント、すいませんでした」
二人の神に、祈りを捧げる。ただ、ひたすらに。
お供え物? ない。あ、飴玉。美味しい奴、ドゾー。
お賽銭? ないない。ある訳ない。
そこへ、何だか聞き覚えのある爆音がして、一台のバギーが、拠点に飛び込んで来た。
コンクリートの床で、派手に横に滑り、止まる。
黒田、黒松、黒井の三人は、驚いて席を立つ。襲撃されたと、思ったからだ。しかし、直ぐに気が抜ける。
「帰りに、良いもん拾ったよぉ」
そう言いながら降りて来たのは、黒沢だ。
食料を詰め込んだビニール袋を一つ、手に持つと、「よいしょっとぉ」と言って、バギーを降りる。
「それ、どこで?」
黒井が、恐る恐る聞く。黒沢は、笑顔になった。
「あぁ、台東区役所らへん? 四号の脇に、転がってた」
確かに三ノ輪から入谷を抜けて上野まで、国道四号線は真っ直ぐだ。そんな所まで、走って行ったのか。
「アクセルに『こんなの』があってさぁ、邪魔っ」
そう言って、わざわざ持って帰って来たのか、瓦礫を軽々と持ち上げると、ポンポンと弾いて見せ、それをまたバギーに放り投げた。
「どうも、お疲れ様でした」
良く判らないけど、黒井が労いの声をかける。黒沢は、少し笑っただけ。
「炊き出し、どうでした?」
黒松が本業のことを聞く。黒沢は、今度の問いには頷いた。
「トラックにさ、途中で食料いっぱい積んでね。んで、会場に行ったらさ、いっぱい来てたよ。もう、大変だったよぉ」
どうやらトラックを持って行ったのは、黒沢だったようだ。意外。大型免許、持っているのね。
「トラック、向こうの支部に返したからさ、帰りは歩きだって、思ってたんだけどさぁ」
そう言って、黒沢はバギーを見た。『渡りにバギー』とはこのことだ。しかし、黒井は心配になる。だってそれは。
「山岸少尉に、会わなかった?」
そうそう。黒田の質問は、黒井も気にしていたことだ。しかし、黒井は「え?」と思って、黒田の方を向く。
だから、そのときの黒沢の表情を見逃した。
「会った。会った。何か、ピーチクパーチク、うるさい奴だったぁ」
会ったんかい! 黒井は黒沢の方を見て、思う。
「で、どうしたんですか?」
「どうも、こうも、ないよぉ」
黒井の質問を意に返さないように、手を振る。黒井は首を傾げる。
「『拾ったものは、早い者勝ち』って、言ってやって、終わりさ」
この黒沢様、最強じゃね? 士官を一喝かよ。
黒井は驚き過ぎて、ポカンとしていた。
しかし、黒沢にしてみれば、そんなことは『日常の一コマ』なのだろう。
平然と、もう一つの『ビニール袋』に手を伸ばす。
「今日はね、『肉』が手に入ったんだよ! ステーキにすっか!」
黒沢が嬉しそうに言う。
黒井は思う。やった! 肉だ! 今日、首無し死体を見たけど、問題ない! 肉大好き!
しかし、黒田と、黒松の表情見て、気が引ける。
「私も、良い、ですよね? 小さくて良いですからっ」
もう一度、涙を見せ、二人に乞う。その時だ。
「こんなモンも、拾ったんだけどさぁ」
そう言って、黒沢が取り出したのは、見覚えのある『ラップトップ』だ! 表に『C』の文字。嘘? えっ!
黒田と黒井は、顔を見合わせて驚く。そして、黒松の方を見ると、笑顔になって、走り出していた。
お茶を舐めていたトラックホームから床に、ピョンと飛び降りる。
「何か蓋開けたらさぁ、カバンじゃなくてさぁ、重いだけっ」
そう言いながら、軽々と振り回す。その動きに合わせ、黒松の首が上下に動いている。
「はい。黒松、お前にやるよっ」
「ああああっ!」
ポンと放り投げた『ラップトップ』を、黒松がしっかりと抱きしめた。
そして、尻尾を振りながら、奥に走って行く。
「こいつだけ、肉、小さくて良いみたい」
黒田が黒井を指さして、黒沢に言う。黒井は慌てた。
「同じで! 同じでお願いします!」
結果オーライだ。誰も、黒井のドジなんて、覚えていないだろう。あはは。良かった良かったぁ。
「みんな同じだよ! 異議は認めない」
そう言い切って、ぐっと睨んだ黒沢の目が、一番怖い。
それでも口元は笑いながら、奥の調理場へと消えて行った。