アンダーグラウンド(三十四)
最初の拠点に戻って来た。
トラックがなくなっていて、ガラーンとしている。ここは、こんなに広かったのか。
それにしても、あんなデカイトラックを運転できる人が、何人もいるのか。
「誰か、来たんですか?」
奥で何やら修理だろうか。半田ごてを使っている黒松に声をかけた。気が付いた黒松が、それをスタンドに置いて立ち上がる。
「あぁ、お帰りー。ご苦労様」
黒松の笑顔を見て思う。
そうだ。帰って来たのだ。挨拶が違うな。
「ただいま戻りました」
黒井が黒松に頭を下げて、挨拶をし直した。
すると黒松が黒井の肩をポンポンと叩いて労い、自動警備一五型の誘導をする黒田の方に歩いて行く。
どうやら黒井の質問は、流されてしまったようだ。
「どうでした? 上手く行きました?」
二機しかいないのに、『上手く行った』とか、判るのだろうか。黒井はちょっと思った。
「あぁ。上手く行ったぞ! 凄いな。『お友達作戦』」
黒田が手を頭上で振るのを止め、二機を並べて静止させる。
「お座り!」
黒井の叫び声を聞いたのは、黒田と黒松だ。にやけている。
仕方ない。初めて『停止命令』を叫んだのだ。いや、正確には、初めてではないか。それでも初々しい。まるで子供だ。
しかし、黒田と黒松がにやけているのは、別の理由だ。
「お座り! お座り!」
そう。首を傾げながら黒井の指示を聞く、赤い目の二機。
自動警備一五型が、顔を見合わせながら、まるで、会話をしているように、見えたからだ。
『何か言ってるけど、どうする?』
『どうしろって言ったって、まだ充電、終わってないけど?』
『だよね。停止するにも、パワー使うのに』
『何コイツ。そんなことも、判ってない感じ? 馬鹿なの?』
『まぁ、仕方ないかぁ。昨日来た、新人だっけ?』
『そうそう。でも、態度でかいし、そのくせ取説も読んでない?』
『まじで? 最悪じゃん。生意気なヤツだなぁ』
『それにこいつ、私の嗅覚センサーの前で、屁、こきやがってさぁ』
『うっそ。何? 喧嘩、売ってる? 殺っちゃう?』
こんな会話、か? どうかは、不明である。
まだこの世の中に、『ピポパポピピポパ?』『ピヨピヨ。ピョロロ?』と鳴る、自動警備一五型の音声を、翻訳する術がないからだ。
「駄目だよ。愛を込めて、言わないと」
優しい黒松からの助言を聞いて、黒井は顔をしかめる。
「えー。本当ですか?」
ロボットに『愛を込める』なんて。そう思って、黒田の顔を見る。すると、黒田が真面目な顔をして頷いている。
いや正確には、口元が少しだけ笑っているように見えるのだが。
「本当に心から『止まって欲しい』って、思わないと」
黒松から、追加の助言。黒井は、ますます顔をしかめる。
本当に、ここのノリには、付いて行けない。黒田の方を見ると、黒田が口を大きく開けて、今にも『お座り!』と、言いそうにしているではないか!
黒井は目をパチクリさせながら、黒田に両手で「頼むから、ちょっと待て」の合図を送る。
しかし、それを見た黒田は、ますます面白がって、口パクで『お座り!』と何度も言いながら、首を前後に思いっきり振っているではないか。もう、圧が凄い。
黒井は心を入れ替える。深呼吸して、一旦、落ち着こう。
そうだ。自動警備一五型は女の子。女の子には優しく。いつも、そうしていたじゃないか。思い出せ。俺。
黒井は目を瞑り、あの日、あのときのことを、思い出す。
玄関で帰ろうとする、美里を抱き寄せ、両腕でギュッと抱きしめて言った、あの言葉を。
『泊って欲しい』
そのとき外は、凄い雷雨だった。うん。仕方なかったんだ。
「お座り!」
黒井は叫んだ。潤んだ美里の瞳を、思い出していた。
すると、二機の自動警備一五型が動き出す。
たちまち、赤い目が消灯し、手足が折り畳まれてゆく。
黒井は、遂に『開眼』したのだ。嬉しくて、ガッツポーズをして喜んだ。見ろ、黒田も黒松も、喜んでくれている。
でも何か『裏』がありそうな、そんな笑顔なのだが。まぁ、良い。
照れ隠しに、頬をポリポリする。そして、黒井は思い出す。
あの日の翌日。美里の兄である『直属の上官』から、思いっきりぶん殴られたことを。
あの日の太陽は、台風一過で、それはもう黄色かった。
南中日差しだ、なーんて、思ったものだ。