アンダーグラウンド(三十二)
手分けして四機の自動警備一五型をシャットダウンした。あと二機は、覚えたての『命令』で、シャットダウンしたい。良いだろ? やらせろよ! なぁ、良いだろう?
黒田から見た黒井の目が、そう言っている。
「駄目だからなっ」
先に言われて、黒井の顔が歪む。子供かっ!
「えー。ずるいですよぉ! 俺だって言ってみたいですよぉ!」
覚えたての『お座り!』を言ってみたいだけなのに。許されない。
「馬鹿。こいつらは、連れて帰るんだよ」
黒田の顔が笑っていない。黒井は我儘を引っ込める。
「えっ? そうなんですか?」
逆に聞いたのだが、黒田は「何にも判ってないなぁ」というそぶりを見せて、首を振るだけだ。バギーの方に歩き出してしまう。
黒井はその後を追う。
そして思う。帰りは鹵獲したバギーか。楽できる。
帰りは、ちょっと俺にも運転させて欲しいなぁ。
そう思っていたら、バギーの無線機が鳴り出した。
『山ピ―。おーい。(キュピッ)』
『移動したん? 戻れるか? どぞー(キュピッ)』
『結局、四機不明。状況報告ヨロ。どぞー(キュピッ)』
仲間を心配する声。気の毒に。
あの首のない奴は『山ピ―』と言うのか。きっと何が起きたか、理解も出来ぬまま、逝ったことだろう。
どんな顔をして飛んで逝ったのか、それは判らない。首がないだけに。マジで。
それでも、きっと家では愛する家族が待っていて、今朝までは、こんなことになるとは思わずに、笑顔でいつも通りに『逝ってきます』『逝ってらっしゃい』なんて、そんな言葉を交わしていたに、違いない。
俺と彼女が、そうだったように。
黒井は色々思い出して、合掌する。
その横で、黒田が無線機を手にしていた。
「あーあー。こちら『山ピー』でーす(キュピッ)』
嘘つき。最低な奴だ。黒井は呆れて合掌を終える。
『お前誰だ? 山ピ―を出せ! おい!(キュピッ)』
ほらバレた。ダメだよ。声、全然違うんだよ。あと、言い方も。
「私、二代目『山ピ―』でぇぇすぅ。ヨロピクッ!(キュピッ)」
それで『山ピー』が死んだことを、伝えたつもりか? 大丈夫?
『お前、山ピー殺ったのか? おい!(キュピッ)』
ほらぁ。通じたけど、ややこしいことになっちゃったじゃん!
「私は、犯ってません! あれは、事故なんですぅ。気が付いたら、ああなっていたんですぅ(キュピッ)」
いや、だからね。そう言う言い方、良くないと思います。
『てめえ、ふざけんなよっ! 今行くからな! ぶっ殺してや『おい、貸せ! (キュピッ)』
ほらぁ。逆上しちゃったじゃん。でも最後、誰かに変わったみたいだな。
無線機から雑音が鳴り続けている。その間、黒田は相変わらずニヤニヤしながら、無線機を握ったままだ。
『おい、そこにいるの、黒田だな? 黒田光男だな。(キュピッ)』
何だ? 有名人? 黒田の奴、凄く有名なの?
「良く判ったな。そう言うお前は、誰だ?(キュピッ)」
大物の風格。堂々と、相手の名前を聞いている。
『山岸だ。(キュピッ)』
答えたよ。こいつ、山岸って言うのか。
「階級は?(キュピッ)」
ちょっと、待て。今必要? その情報。
『少尉だ。(キュピッ)』
答えたよ。一応、士官なんかい! でも、どういうこと?
「じゃぁ、山岸少尉殿、山ピー、あー、階級は何だ?(キュピッ)」
ちょっとちょっと。何聞いちゃってんの?
『二等兵だ(キュピッ)』
一般兵だった。山ピー、ほぼ一般人だった。
「山ピー上等兵は、不用意に自動警備一五型に近付いてビンタされ、名誉の戦死となった。冥福を祈る。なお、遺体は放置。首もどこに飛んで逝ったのか不明だ。以上、報告終わり。(キュピッ)」
勝手に二階級特進させちゃったよ。黒田の奴、軍人だったのか? そう言えば『少尉』って聞いても、全然態度、変わんねぇ。
『ちょっと待て! (キュピッ)』
お怒りはごもっともでございます。判ります。その気持ち。
「待たねぇよ。大佐によろしくな! (キュピッ)」
出た! 謎の人物『大佐』。誰よ。顔なじみなの?
『こらっ! 待てっ! 黒田っ! (キュピッ)』
あー、お怒りだわ。きっと、大佐から雷だわ。お気の毒に。
無線で山岸少尉殿が、黒田に指示をしている。が、黒田は全然聞く耳を持たない。そりゃ、そうだろう。
無線をONにして、ヒアリングはしているが、答えるつもりはないようだ。ホント、この人を敵に回すと、めんどくさそうだ。
「じゃぁ、ちょっと行って来るから、待ってろ」
「はい?」
疑問形で答える黒井。そんな黒井を放置して、黒田は一人、バギーに乗り込んだ。一人で、何処に行くのだろう。
しかし、助手席にある、鹵獲した『ラップトップ』を掴んで、黒井に渡す。
「これは、持ってろ」
笑顔ではない。何かやるつもりだ。
「はい」
今度は頷いて答えた。それでも、その頷きを見ることもなく、黒田はバギーをスタートさせていた。
バギーは路地を真っ直ぐに行く。みるみる遠ざかる。
しかしその先の、大通りに出た所で、ドリフトさせて止まる。
黒田は、そこでバギーを降り、落ちていた石か、瓦礫か、何か重そうなものを、ひょいと掴んで持ち上げると、再びバギーに戻り、運転席に頭を突っ込んで、それを足元に置いた。
きっとアクセルの上にでも置いたのだろう。バギーが勝手に走り出す。路地から見えていたバギーが、一瞬で見えなくなった。
その様子を三秒程観察していたが、バギーの方を見ながら路地に帰って来る。
そして、路地に入ってからは、ジグザグに走り出す。
どうやら、本当に『ちょっと』だったらしい。
途中の交差する路地を渡るとき、一瞬で左右を確認し、右手を上げて横断する。小学生かっ!
その後は、またジグザグに走って、黒井の所まで帰って来た。
「軍隊に、いたんですか?」
ちょっとゼイゼイ言っているが、答えに窮する程ではない。むしろ、その質問を聞いて、にっこりと笑う程だ。
右手を顔の前に持ち上げて、親指と人差し指を少し離して答える。
「ちょっとな」
右目を瞑り、口角を上げる。その笑顔だよ。怖いのは。