アンダーグラウンド(三十一)
自動警備一五型の目を見ながら、ゆっくり近づく。腕の太さは、人間の胴体くらいある。
それが『ブン』と来たら、終わりだ。
まるで、立ったまま冬眠する熊の『急所』を狙いに行くようだ。チラっと『急所』の方を見ると、その目の動きを追随して、赤い目がキュッと動く。何だよそれ。怖いよ。
二回『急所』を見て、そんな目の動きに気が付いた黒井は、もう赤い目しか見ることができない。
胴体の所まで来ると、首をグッと曲げてこちらの様子を伺っている。黒井は、冷や汗をかきながら、声を張り上げる。
「ぃよぉぉしぃ、よおしよおし。よいこだなあ」
声が震え、棒読みになっていた。
これなら、まだ『敵機にロックオンされたときのブザー音』の方が、よっぽど良い。
手探りでレバーを探す。それは直ぐに見つかった。
当然『ロック』の位置になっている。それを右手で『アンロック』の方に動かす。『カチッ』と音がして、手ごたえがあった。
すると、一センチ程、メンテナンスの扉が開き、指が入れられるようになる。黒井はホッとして、そこに左手のひとさし指を突っ込んで、蓋を開けた。
「これだな」
目の前に『シャットダウン』と書かれた赤いボタンがある。蓋を開けた左手で、そのボタンを押そうとした、そのときだった。
「セーフティ!」
黒田の声がして、黒井の左手が止まる。
黒井は思わず頷いたが、四角いボックスの中、どれが『セーフティ』なのかが判らない。
「右上の奴! 右手、まだあんだろ!」
黒田にそこまで言われて、黒井も気が付く。
そうだ。右手は『アンロック』を操作したレバーの所に、張り付いていた。
言い返すこともできず、とにかく頷いて右手に力を入れる。
離れた。動くぞ! 俺の右手!
「右手で引いてから、左手で押せ!」
もう一度黒田からの声。判っている。判っているって。
感謝しつつも、目をパチクリさせながら、黒井は、右手で『セーフティ』を引っ張り、そして『シャットダウン』を押した。
「できました!」
にっこり笑って黒田を見た。しかし、黒田は笑ってくれない。まだ真顔のままだ。
「来い!」
まるで、そこに砲弾が飛んで来るようだ。『こっち』とかそういう単語もなく『来い』という命令形。
咄嗟に黒井は頭を下げ、黒田の方に転がりながら移動した。
「良く出来たなっ」
黒田の笑顔を見て、黒井はホッとする。悔しいが、やっぱり黒田の笑顔を見ると、安心できる。
振り返ると、自動警備一五型が、もう四角い物体になっていた。
そうだ、ぐずぐずしていると、巻き込まれるんだった。黒井はそう思いながら、立ち上がる。
ホッとして、笑顔で服の埃を叩いて落とす。
すると黒田も、黒井の働きを労うかのように、一緒に埃を叩いてくれるではないか。うん。黒田は信頼できる上官だ。
二人は笑顔で向き合った。
「じゃぁ、もう一機、行ってみよっか!」
黒田の満面の笑顔を見て、黒井は前言を、撤回した。
「一機! 一機! 一機!」
黒田が手拍子をしながら、茶化している。
『一機』じゃねぇよ!
そう思いながら、黒田の上からした下までを睨み付けて、凄んでみたのだが、何の効果もない。