アンダーグラウンド(三十)
倉庫に六機の自動警備一五型が、奇麗に収まった。いやいや。全くもって、壮観である。
もうこれだけで、ブラック・ゼロの、新しい拠点の完成だ。
「俺が言っても良いですか?」
黒井が自分を指さして黒田に聞く。
「何をだ?」
黒田が聞き返した。黒井が、ちょっと体を反らして返す。
「嫌だなぁ『お座「ダメだ!」
黒井の口を、黒田の手が塞ぐ。格闘技の経験がある黒井にしても、あっという間だった。黒井は思わず目を剥いて驚くばかり。
「駄目だ」
もう一度確認されて、黒井は頷く。黒田の目がマジだった。
黒田がそっと手を離し、唾液が付いた右手を黒井の服で拭く。
「ちょっとぉ」
「お前のだろぉ」
黒い二人は、もう笑顔になっていた。
黒田が人差し指を口に充て、「シーッ」とやってから、話す。
「リーダーを停めたら、鹵獲したのが裏切るかもしれないだろ?」
そう言って、首を竦める。
黒井は納得して目を丸くする。やはり黒田は冷静だった。任せて安心、黒田様だ。
「どうするんですか?」
黒井から見て、三列二行に並んでいる六機の自動警備一五型を見て怖くなる。
もし「お座り!」と言って『お友達』だけが停止した場合、残りの四機が攻めて来るかもしれないのだ。
自分の首がポンと飛んで、回転レシーブとか、ハットトリックとか、場外ファールとか、そういう風になってしまうかも。
「手で止めるんだよ」
また普通のことを言って、黒田が歩き出す。
迷いなく鹵獲した一機に、正面から歩み寄る。近づかれた自動警備一五型が、首を『キュッキュッ』と動かして、黒田を見据えた。
それを見た黒田が、立ち止まって振り返る。
やっぱり怖いのか?
「良く見てろよ?」
怖くはないらしい。余裕の笑顔だ。悪戯でも始めるのだろうか。
「よーし、よしよし。よーし、よしよしー」
まるで『馬』にでも近づくように、両手を上げて行く。後ろ姿からは判らないが、きっと笑顔に違いない。
相変わらず、近づかれた自動警備一五型が、首を『キュッキュッ』と動かして、黒田を見据え続けている。
腕の範囲内に来た。黒井は両手を前に出し、身構える。
もし、黒田の首がポンと飛んで来たら。
そんなの決まっている。それはもう、避けるか、オーバーヘッドキックをするか。二つに一つだ。
「よーし、よしよし。良い子だなぁ」
黒田は胴体にまで辿り着き、ロックを解除してメンテナンス用の蓋を開ける。そして、両手で何やらスイッチを操作して、直ぐに蓋をした。
手元が、丁度蓋の陰になって、何をしたのかは判らない。
そのまま小走りに、今度は振り向かずに離れた。離れるときは「よーし、よしよし」は要らないらしい。
すると、自動警備一五型の目が消灯し、素早く体を縮めて行く。あっという間に地上に折り畳まれて、それはまるで、ただの物体になった。
「こんな感じでなっ」
そう言って黒田が笑顔で説明する。右手の親指で指さした。
「やってみっか?」
気軽に次の機体を指さす。
どうやら黒田には、本当にどれが『お友達』なのか、判っているようだ。黒井には見分けが付かない。
「これですか?」
黒井が指さした機体を見て、黒井が頷く。
「あの辺に『ロック』って書いてあるスイッチがあるから」
「はい」
「んで、蓋開けて上に引っ張るとこあるから。その『セーフティ』を引いてから『シャットダウン』な。絶対な」
「はぁ。判りました」
ポカンとした顔で黒井が頷く。それを見た黒田が、マジ顔になって、もう一度念を押す。
「絶対『セーフティ』を引けよ? そうでないと、一緒に折り畳まれちゃうからな?」
笑っていないではないか。黒井の顔が強張る。それって、設計ミスなんじゃないの?
「わ、判りました」
黒井は思う。今年一番の、嫌な予感がする。それでも、最初の一歩を踏み出す。が、自動警備一五型と目が合って、思わず振り返る。
「ホントに、これですか?」
黒田に再度確認する。すると、黒田が笑顔になったではないか。黒井は「何だよ、やっぱりだよ」と、一瞬思った。
黒田が笑顔で口を開く。
「笑顔でなっ。『よーし、よしよし』って、行けっ!」
黒井は真顔のまま固まった。そして「お、おぅ」と頷く。
もう一度、自動警備一五型を見る。
すると、赤い目が水平から、ちょっと斜めになって、こちらを覗き込む。まるで、『やんの?』とでも、言っているようだ。
「よーし、よしよし。よーし、よしよしー」
怖い。ちびりそう。
黒井は恐怖の余り、笑っていた。いや、笑うしかなかった。