アンダーグラウンド(二十九)
細道をバギーで行くと、巨大なコンクリートの壁が立ち塞がった。壁沿いに行く。
「この辺はダメだな。他へ行こう」
「はぁ」
黒田の言葉に、黒井は生返事した。そして上を見上げる。
バギーは屋根がない。上は人工地盤の下面が見える。黒井の横にある壁は、その人工地盤の下面までずっと続いている。
まるでそれは、人工地盤を支える『柱』と言って良い。
「これ、何ですか?」
黒田が別の路地にバギーの舵を切る。だから黒井の指先あるのが、壁から木造住宅に切り替わる。
それでも黒田には意味が判った。
「あれはな。遊郭だよ」
「あぁ、例のね。そう言えば『吉原』って、この辺でしたね」
「そうそう」
二人は頷いて、前を向いた。
しかし、黒井が驚いて、後ろを振り向く。そこには、二列縦隊で付いて来る自動警備一五型と、その向こうにある巨大な壁。
「でっかっ!」
驚いて、後ろを見たままだ。黒田がハンドルを切って、別の路地に入ったが、黒井はその壁を見つめたままだ。
無理もない。
吉原ビルは、一辺の長さが五百メートル。
ビル自体が人工地盤を兼ねており、地上から三十一メートルには、窓がなく、壁だけだ。
人工地盤の上は、一見普通のビルだが、いわゆる『地下』に相当する部分は『全部壁の中』という訳だ。
「あの中にな、昔の遊郭が、そのままあるって、噂だぜ?」
「まぁじすか?」
黒井は壁から黒田に視線を移した。黒田は、にやりと笑う。
「行きたいのか?」
悪戯っぽく、黒田が聞く。黒井は頷いた。
「行きたくないですよ」
何か、行動と言葉が一致していない。
「ははは。無理しちゃって」
だからという訳ではないが、黒田がハンドルから片手を離し、黒井を指さして笑う。
「前見て前っ!」
黒井も笑っている。前を指さして、黒田に注意。
しかし『否定はしていない』ではないか。このスケベ野郎め。
黒田は黒井の指先を見ておらず、むしろ急ブレーキで止まった。
「おっとー」
黒井は前を押さえて堪えた。バギーにシートベルトなんて、なかったからだ。
「ごめんごめん」
珍しく黒田が謝った。しかし、心からの謝罪のようには聞こえない。形式的だ。
その証拠に、もうバギーから降りていて、黒井の横に見える建物を、勝手に物色し始めた。
「ここ、使えそうだな」
そう言って、シャッターをこじ開けようとしている。黒井もバギーを降りて手伝う。
シャッターの下に手を添えて、頷いた。
「せーのっ」「せーのっ」
思ったより簡単に、シャッターが開いた。鍵とか、掛かっていなかったようだ。
勢いで、全部上まで上がりそうになってしまったが、冷静な黒田が、それを掴んで止めた。こいつ、慣れている。
「結構広いなぁ」
「そうですねぇ」
コンクリートの叩き。倉庫だろうか。だだっ広い。
「ここに、一旦隠して行こう」
「判りました」
そう言って黒井は振り返り、自動警備一五型の隊列前に立つ。バギーの手前で止まって待っている。お利巧さんだ。
しかし、どうすれば倉庫に入ってくれるのか、それが判らず、思わず黒田の方を見る。
黒田も苦笑いの黒井の顔を見て、意味が判った。小走りで隊列前に来て、黒田に言う。
「こうやるんだよ」
そう言って右手を上げた。
「こっちだよー。こっちだよー」
そう言って右手を振って歩くと、隊列が黒田の後に続く。
「何だぁ、普通じゃないですかぁ」
拍子抜けした黒井が、両手の平を上に上げて嘆く。
「普通だよぉ」
笑って黒田がそう言うと、自動警備一五型が次々と頷き始める。何度も何度もだ。
「えーっ」
信じられない光景を見て、黒井は思わず叫ぶ。何だよコレぇ!
黒井は知らない。
自動警備一五型が駐機場に入るとき、大きさを測るため、頭を上下に振って測量していることを。