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アンダーグラウンド(二十六)

「おトイレは、大丈夫ですか?」

 駅員事務室を出た所で、黒井が聞く。

 聞かれた黒田は、黒井が指さした方を見た。改札の外にあるトイレ。ちょっと珍しい。

 しかし、廃駅のトイレが使える訳もなく、紙もないだろう。


「行ってこようかなぁ」

 ケツを押さえて、黒田が笑う。やはり、行く気はないようだ。反対方向へ歩き出す。黒井も後へ続く。


 二人は笑いながら、再びホームへ向かう。さっき、息を切らして一段抜かしで駆け上がったこの階段は、一直線で、結構長い。


 さっき見たトイレの脇に、地上への出口がある。入った所とは、道路を渡った反対側だ。

 護衛なしで、ここから地上に出るつもりはないようだ。遠回りしても、安全だった道を戻る。『戦場』での鉄則だ。


 黒井は駅員事務室で、今回のミッションについて説明を受けた。


 一つ。非常通路の再構築。

 一つ。貨物列車の荷物確認。

 一つ。自動警備一五型イチゴちゃんの鹵獲。

 一つ。拠点に使えそうな廃屋の調査。


 前二つはクリアした。三つ目は無理しない。残りの一つは、帰り道を別にすることにした。


 階段を降りながら話す。今度は暗視スコープを付けている。


「毒ガスなんて、撒くんですか?」

 怪訝な顔で黒井が聞く。黒井が頷いて答える。

「あぁ。元々害虫や、ネズミを一網打尽にするのにな、撒いていたんだが、段々良く判らんものを撒きだして、苦労してるのよ」

 口をへの字にして、右手の平を上にしてあげた。

「人がいるのにですか?」

「あぁ。『誰もいない』ことに、なっているからな」

 そう言って、また右手の平を上にしてあげた。


「でも、全部『人工地盤』で覆っている訳じゃないんですよね?」

 その通り。

 例えば上野の山、寛永寺近辺とか、荒川の川岸、それに江戸城もそうだし、東京タワーが建つ愛宕山もそうだ。

 大きな寺社、公園は、そのままになっている。


「空気抜きみたいな所だな。そういう所はな」

 黒田の説明を聞いて、黒井は首を傾げる。

「そっから、毒ガスが漏れ出たら、大変ですよね?」

「そうなんだよ。だからなぁ。俺達の出番なんだよ」

 話が飛躍し過ぎて、黒井にはよく見えない。

「もうちょっと、順序立てて、詳しく」

 黒井のリクエストに、黒田は笑う。


「東京は、海から風が吹いているんだけどさ、その風がアンダーグラウンドを通り抜けるんだ。そんでさ、空気抜きの手前にさ、でっかい換気扇と、でっかいフィルターがあるんだよ」

 そう言って、両手を広げる。

 黒井は思う。多分、両手よりも大きいのだろうと。


「へー。そうなんですね。この辺には?」

 思い出してみるが、そんな『換気扇』は見覚えがない。いや、暗いから見えないだけかもしれないが。


「この辺にはなぁ、ないんだよぉ」

 黒井の質問に、黒田は叫ぶ。どうやら違ったらしい。

 本当にないようだ。


 そう。この近辺は『割とピッチリ蓋してあって、まっくら(はあと)』な世界なのだ。

 だから、ここの空気は、凄く淀んでいる。


「それでな、その『換気扇』のメンテと、フィルターの交換作業を、請け負っているのさ」

 工事をする振りをして見せた。黒井は頷く。

「そうなんですね」

 どうやら、悪いことをしている集団ではないらしい。黒井はホッとした。


「無免許だけどな!」

「ちょっと!」

 黒井の焦る顔を見て、黒田は笑った。


 そんな工事に、免許なんてあるものか。そもそも、そんな『換気扇』や『毒ガスフィルター』が存在することなんて、公にはなっていないのだから。


 ここはアンダーグラウンド。

 夢と希望が織りなすその下で、忘れ去られた人達が巣食う処なのだから。


 二人は暗いホームを歩き、反対側の階段で列車を待つ。


 画角を調整したビデオカメラを設置し、電源をオンにする。無言で待つこと五分。そのときは来た。


 さっき見送った『ロクサン』が、単機回送されてきた。それを、階段の壁越しに『聞き』送る。線路を踏み込む足音が近づく。


 漆黒の闇から、ライトに照らされた線路が光りだし、昼間のように明るくなった構内に、唸るモーター音が響く。ただ一機で、その存在をホーム全体に知らしめている。

 やがてその重低音が、壁をも揺らして間近で響き、通り過ぎる。


『ピィィィッ』


 惜別の汽笛と共に、幻の如く、暗闇へと消えて行った。

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