アンダーグラウンド(二十五)
向うとは、一体どこのことだったのか。
黒井は黙って黒田と一緒に歩いていたが、ホームの反対側で階段を昇り始めて、苦笑いになった。
「どこまで行くんですか?」
黒田が「ん?」という顔になって、上を指す。
「この先にな、『休憩室』があるから、そこへ行こう」
そう言って、ニヤリと笑う。
黒井は焦る。ちょっと待て。俺はどっちの役だ?
「いやいや、そういう趣味は、ないですから!」
そう言って、慌てて手を振り否定する。黒田は「何だ?」という顔をして前を見たが、直ぐに黒井の方に向き、叫ぶ。
「お前が前だ!」
そう言って、黒井の背中をバンと叩いた。
「嫌ですよー」
そう言いながら、黒井は階段を一段飛ばしで先に登り始めた。
ハァハァ言いながら、二人は『休憩』していた。
まったく、このじじい、凄く元気が良いじゃないか。
黒井は素直に、そう思った。
「ここは、駅員室ですよね」
黒井は部屋を見回した。時刻表とか、そういう物を貼っていたのだろう。そんな跡だけがある。
「あぁ。そうだよ。お茶飲むか?」
答えた黒田が、顎で埃だらけの給湯器を指す。
「お湯、出るんですか?」
黒井がそっちを見て、思わず叫んだ。意外だ。凄く古そうなんですけど。
「出る訳ないだろう!」
黒田が笑って否定する。なんだ、やっぱりだよ。と思って、黒井は振り返った。そこへ黒田が、顎で指す。
「お前のリュックに、入っているだろう?」
「あぁ。そうですか。ですよねぇ」
黒井は頷いて、足元に置いたリュックを、机の上に置こうとして止める。それを膝に置く。
机の上は、今、黒田が、両手で綺麗にした所だからだ。
「飯にするか」
「そうですね」
昼休みにはちょっと早いが、何となく『落ち着いて居られる場所』に辿り着いたのだ。
お茶を飲みながら、お弁当。贅沢ではないか。
黒井はリュックから、新聞紙に包まれた弁当を取り出した。おむすびだろう。それと、下の方から水筒。まだ暖かい。
「デザートはないのか?」
ポケットから、ビデオカメラを取り出した黒田が聞く。
「ありますよ?」
黒井の言葉に、黒田が驚く。体が前に出る。
「ホント? おばちゃん、優しいなぁ」
そう言って笑顔になったのだが、黒井が笑顔と共に取り出したのは、『Cー4』である。
「今日のは、イチゴ味でーす」
お約束とは言え、期待した黒田は笑顔で怒る。
「お前、食えないって、言ってたじゃん!」
ふんぞり返って、偉そうに黒井を指さしたのだが、この勝負、黒井の勝ちである。
おむすびは、当然のように二個とも梅干しだった。海苔は片方にだけ、一枚ペタっと。もう片方は、少し焦げ目が付いていた。
黒田は梅干しの種を歯で割って、中身まで食べている。
机上には、さっき撮影したビデオの上映が始まっていた。
とは言っても、暗い中で撮影したもので、芸術作品というよりは、資料映像である。
「何を積んでいるんですか?」
指に付いた米粒をペロリと舐めて、黒井が聞く。
「毒ガスの原料とか、『あいつ』とかだよ」
物騒な単語をさらっと言って、上を指さした。角度と向きは違っているが、『あいつ』とは、自動警備一五型のことだろう。
「さっきのがですか?」
黒井は、映像を見ても良く判らない。コンテナに積まれていて、中身が見えないのだ。
危険物のタンクローリーなら、判別もつくのだが。
「絶対、ヤバい奴だよ」
黒田は映像の最終局面を見ながら言った。映像では、機関車がうなりをあげて遠ざかって行く。
「何で判るんですか?」
黒井がそう聞くと、黒田は映像を止めた。
「ほらぁ。『ロクサン』じゃん」
黒田は画像を拡大させていた。そこには機関車のプレートが大きく映っている。黒井はそれを見た。
「はぁ?」
黒井が首をかしげる。『EF63 5』ですか。で?
それを見て、黒田は思う。こいつ、何にも知らねぇなぁと。
溜息をして、説明をする。
「こいつはなぁ、力のある機関車でなぁ。
この先の御徒町の坂を、登れないような『重量物』がなぁ、
積まれているときに、連結されているんだよぉ」
両手を振ってゆっくりと話す。
「そうなんですかぁ」
黒井は目をパチクリさせて頷いた。
黒井の顎に、ご飯粒が重連になってくっついていたが、それは黙っておく。
合掌。