アンダーグラウンド(二十四)
階段をホームまで降りてきた。
当時は賑やかだったであろうホームも、今は誰もいない。当然、ホームも真っ暗だ。
ヘッドライトに照らされたホームが、緩やかに左へ曲がっている。複線の線路の間に等間隔で支柱が立ち、それも緩やかに左へRを描き、漆黒の闇へと消えて行く。
それが、パッと明るくなる。支柱に設置された駅名が判る程に。
「消せっ!」
黒田が叫ぶ。黒井は直ぐにヘッドライトを手で覆い、それからスイッチを切る。
暗視スコープは装着しない。機関車のヘッドライトが眩しくて、目に悪いだろう。
二人は階段の壁に張り付いて、通り過ぎる列車を待ち構える。すると、黒田がビデオカメラを構えて、撮影を始めた。
機関車のモーター音が大きくなり、二人の傍を通り過ぎる。
スピードは、そんなに速くはない。それでも、支柱を抜けて来る風の音が響く。ヒュンヒュンという音と、キーキー鳴る車輪。
先頭の車両が見えなくなって、黒井は壁際を離れた。すると、それを制止するように、黒田が黙って右手を出す。
黒井は仕方なく、壁際に戻る。
その直後、再びホームが明るくなった。
黒田が撮影を止め、階段を上がれと合図する。理由は黒井にも判った。トントンと上がって、線路が見えなくなった所で止まる。
列車の後ろにも、機関車が付いていたのだ。尾灯の赤であるが、誰もいない筈のホームに、人影を見つけるには十分だろう。
まぁ、車掌がそんな所を見ているとは思えないが。
重低音を響かせながら、ホームが赤に染まり、それが支柱で点滅しながら遠ざかる。やがて、再び闇に包まれた。
「もう良いだろう」
黒田がヘッドライトを点ける。そして、ビデオカメラの保存処理をする。黒井はその手元に、ヘッドライトの明かりを足した。
「撮れました?」
黒田が頷いた。小さな液晶画面に『保存しました』と表示されたのを確認すると、電源をオフにする。
「あぁ。向こうで確認しよう」
そう言って、ホームの先を指さす。黒井は頷いた。
二人は暗いホームを歩き出した。
古い案内表示が、ヘッドライトに照らされて、所々に現れる。それは当然、人に向けたものだ。黒井は黒田に聞く。
「貨物なんて、通るんですね」
日比谷線だと思っていた黒井は、そんな感想を述べる。若い頃、良く六本木へ行ったものだ。
もちろん『仕事で』だ。最近は市ヶ谷だったけど。
そんな黒井の感想を、黒田が理解できないのも当然だ。
「ここは、実質、貨物線だぜ?」
黒田が「お前、大丈夫かよ」という感じで言う。
「そうなんですか。上野、いや、寛永寺には、みんな行かないんですか?」
「行くさぁ。世界遺産だしさぁ」
黒田はやっぱりダメだと思った。言われた黒井も、そんな感じの言い方に驚く。
「まじすか! 凄いっすね」
驚く黒井を見て、黒田はニヤリと笑う。
「知ってるよ? お前の世界じゃ、世界遺産で、ドンパチやっちゃったんだろ? 文化財は、大事にしないといかんよ?」
ヒュッと指され、黒井は困る。俺がドンパチやったんじゃないし。
「そうですけどぉ、そん時はまだぁ、世界遺産じゃないんでぇ」
言訳をしてみる。黒井は成程と思ったのか、頷いた。
「そうか! じゃぁ、しょうがないかぁ」
しょうがなくはない。
しかし、まぁ、物の『価値』なんて『誰の所有物なのか』で、値段が上下左右するものだ。
黒田が、そこまで理解していたとは、思えないのだが。