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アンダーグラウンド(二十三)

 国鉄三ノ輪駅構内で、二人は暗視スコープを外し、ヘッドライトに切り替えた。

 しかし、暗視スコープはリュックの中ではなく、首にぶら提げたままだ。二人のヘッドライトだけが、何十年も前に閉鎖された、地下駅を照らしている。


『さようなら三ノ輪駅。長い間ありがとうございました』

 そんなポスターを見つけて、黒井が立ち止まる。


 しかし黒田は、良く来るらしく、通り過ぎた。

 それでも、黒井の足音がしなくなったからか、二つ見えていたライトの光跡が、不意に一つになったからか、足を止めて振り返る。


「行くぞっ」

 何だ、という顔をして声をかけた。黒井も、黒田のライトに照らされて、観光気分を消し去る。直ぐに歩き始めた。


「ここは、安全なんですか?」

 黒田に追い付いた黒井が、聞いてみる。黒田は暗闇でも笑ったのだろうか。

「一応なっ」

 明るく、そう言って黙る。二人は階段を降りて行く。


「どこ行くんですか?」

 階段を降り、踊り場を回った所で、また階段。ちょんちょんと降りて、正面は壁。


「どっちが良い?」

 黒田が壁を背にして立ち、両手を肩まで上げて、両方を指さしている。黒井は、黒田の頭上にある、古い行先案内を見た。


『左・一番線・入谷・寛永寺方面』

『右・二番線・田端(南千住のりかえ)・北千住・松戸・柏・成田(我孫子のりかえ)・取手・土浦・水戸方面』


「上野はどうしたんですか?」

 左の看板を指さして黒井が聞く。黒田は、きょとんとした顔で黒井を見て、笑いながら言う。


「これだから田舎者はぁ。寛永寺が上野の山にあるんだろうよぉ」

 言われた黒井が慌てて手を振る。

「いやいや、それ位は判りますけど。西郷さんのいる所ですよね」

 黒田が「本当かぁ?」という顔で、二番線の方に歩き出す。


「『西郷さん』って、誰だよ」

「え?」

 黒田の後を追って歩き出した所で、黒井が大きな声で聞き直す。

 ちょっとこの黒田じじい、人を田舎者扱いして、『西郷さん』の銅像も知らんのかい! 


 そう黒井が思っても、仕方ない。

 この世界では、元号こそ『明治』になり、『明治政府』も成立したのだが、『維新』も『革命』も、起きなかったのだ。


 平和裏に、京都に国会が出来て、首都は京都のまま。当然御所も、京都のまま。だから、京都御所を観光客が訪れることはない。


 初代総理大臣に任命されたのは徳川慶喜。

 当然、政府に薩摩や長州の派閥ができることもなく、黒井の知っている歴史上の人物の内、薩摩の西郷隆盛、大久保利通、黒田清隆、東郷平八郎、長州の伊藤博文、山縣有朋、等々。

 この世界では、表舞台に登場しなかった。


 もちろん、実在はしている。

 教科書に載るほど、知られてはいないということだ。


 捕捉しておくと、東郷平八郎は常備艦隊の司令長官ではあったが、日露戦争で指揮を執っていない。

 だから、という訳でもないのだろうが、旗艦三笠を始めとした日本の連合艦隊は、スエズ運河を通って現れた黒海艦隊と、旅順の太平洋艦隊に挟撃されて、全て海の藻屑となった。


 日露戦争は、帝政ロシアに北海道まで攻め込まれた所で休戦となり、正式には今も、終戦していない。


 ちなみに、現在横須賀に係留・展示されているのは『戦艦陸奥』である。


「パンダもいないんですか?」

 黒井が驚いて聞き直す。黒田は訳も判らず苦笑いだ。


「何言ってんだぁ? 動物園に行きたいのぉ?

 そんなら多摩動物園だしぃ、

 レッサーパンダを見たいなら、千葉動物公園ですよぉ?

 可愛いですよぉ?」

 黒田が両手を挙げて笑っている。悔しい。何か悔しい。


「おやつは幾らまでですかぁ?」

 ふざけて質問する。そう聞かれては、黒田も答えるしかない。


「税込み・三百円までですよぉ?」

 顔を歪ませて答えた。黒井は右手を挙げて聞く。


「バナナはおやつに入りますかぁ?」

「お弁当のデザートなら、入りませんよぉ」


 黒田はそう答えたのだが、黒井が『右手を握ったまま挙げている』のを、不思議そうに眺めていた。

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