アンダーグラウンド(二十二)
恐る恐る国道四号を歩く。誰もいない。
ゆっくり動く自動警備一五型の、モーター音だけが響く。
首を左右に動かすモーターと、腰を動かすモーターの種類が違うのだろうか。高音と低音のハーモニーが心地よい。
「こっから入るぞ」
黒田の声がして振り向く。勝手にドアを開けていた。
「早くしろ!」
何だろう。命令形だと、冗談抜きでパッと動ける。黒井は丸腰だったが、黒田を背にして後ろ向きに下がった。
「こいつは?」
黒田の直前で振り向きざまに、自動警備一五型を指さす。
黒田はドアの内側に入り、ドアを盾にして首だけ出している。
「オートで置いてく」
黒田の短い返事に、黒井は頷いた。確かに、ドアを壊さないと無理だろう。それにこの先は階段だ。
黒田の手招きで、しゃがみながら転がり込む。それをチラっと確認すると、黒田が前を向く。
「あきら君と初デート!」
黒田が叫んだ。その瞬間、自動警備一五型のモードが変わったようだ。ドアを守るように移動し、背合わせになる。
そして、お互いの死角をカバーするように、監視範囲を調整しあったようだ。細かいモーターの音がして、静かになった。
「『あきら君』って、誰ですか?」
苦笑い。そう言いながら、黒田を指さす。
「俺じゃないよ」
黒田の下の名前。えーっと、確か『光男』だった。
「お前か?」
しらばっくれて、黒田が聞く。
眉をピクピク動かしたときは、ふざけているときだ。
「フッ。俺でもないですよ」
嫌そうに答えた。鼻息が『フッ』と出たときは、満更でもないときだ。下の名前は、忘れた。
「だから、誰なんですか?」
黒井保が聞く。しかし黒田は、にっこり笑うだけ。聞こえない振りをした。
黒井も、それ以上聞かなかった。まぁ、どうでも良いことだ。
二人は三ノ輪駅の非常口を開けて、構内に侵入した。
多分、違法だと思う。だって、入場券、買ってないし。
「列車の撮影するなら、入場券より乗車券買った方が良いですよ?」
黒井から、謎のアドバイス。略して、ナゾバイス。黒田は首を傾げ、苦笑いだ。
それでも黒田は思った。
列車の撮影を目的にしていることは、間違いない。なんて勘の良い奴だ、と。まだ何も、説明していないのに。
「なんでだ?」
黒田が小型のビデオカメラを取り出し、黒井に見せる。そして、その電源をオンにする。
黒井は、何だ、本当に撮影だ、と思う。
「何か、ここ、国鉄ですよね?」
「ん?」
黒田は一瞬「何を言っているんだ?」と思ったが、黒井が日本国から来たのを思い出す。
そっちの世界は『人工地盤』がなく、地上で暮らしていること。そして東京は、地下鉄が発達しているとのことだった。
ホント、水害になったら、どうするのか。
「あぁ。そうだけど?」
まぁ、それはそれ。何か防御策があるのだろう。そっちの世界のことだ。今は良い。
「入場券は、二時間までなんですよ」
「え? そうなの?」
黒田が驚いている。その様子を見て、黒井は、やっぱりと思う。
この黒田と言う男、何でも知っていそうに見えて、何か普通のことを知らなさそうだ。
「だから、長居しようと思ったら、一駅分の切符を買った方が、良いんですよ」
そう言って、料金表を指さした。
「そうなんだぁ」
そう言いながら、二人は無人の切符売り場前を通過する。
「そっちは、自動改札だったり、するの?」
黒田が、切符を見せる振りをして、改札口跡を通過する。黒井に言わせれば、随分昔に消滅した、駅員常駐型の改札口だ。
「ええ。もちろんです。ピッ」
黒井も笑って、自動改札の振りをして通過する。
黒田が、ホームへの階段手前で振り向く。
「今の『ピッ』ってのは、何だい?」
耳が良いのだろうか。良く聞いていたものだ。
「自動改札を通ると、そんな音がするんですよ」
そう言いながら、存在しない定期券を取り出し、自動改札機に叩く振りをした。
「電子レンジみたいなもんか」
黒田が納得して笑う。それを見た黒井は、直ぐに指摘。
「それは『チンッ』じゃないすかぁ?」
そう言って笑う。言われた黒田の笑顔が、一瞬消える。
「あっ。そうかもなぁ」
そう言って、また笑い出す。照れ隠しに頭を掻く。
「そうでしょう」
黒田の笑顔を指さして、黒井も笑う。
どうやらこの二人、だいぶ打ち解けてみたいだ。