アンダーグラウンド(二十)
昼飯にはまだ早い。だから二人は、暗視スコープを付けたまま、明治通りを歩いている。
前後に自動警備一五型を一機づつ配置し、その間に挟まれる形だ。だから、真横だけ警戒する。
「ちょっとは、安心できますね」
「何が?」
二人は顔を見合わせてはいない。黒田が左、黒井が右担当だ。
「いや、コレがいるから」
そう言って黒井が、左手で前を指した。横目にそれが見えた黒田が、何だと思って答える。
「あぁ。まぁなぁ」
何だか不満げだ。今までの話し方からして、苦笑いだろう。
「駄目なんですか?」
交差点を渡る。信号は消灯。右良し。動くもの、無し。
「んー。いないよりは、ちょっとマシって位で」
まだ黒井に、隠していることがあるのだろうか。
「そうなんですか」
黒井は疑っている。黒田は基本、良い奴だ。
しかし情報は、全部共有したい。それだけだ。
「そう思っていた方が、良いってこと」
忠告なのか、考え方なのか。黒田は諦め気味だ。
「でも、コレと同じのが、襲って来るんですよね?」
また黒井は、前を指した。右良し。
「あぁ。そうだな」
黒田は迷う。全部黒井に話した方が良いものか。左よし。
「じゃぁ、さっきみたいに一機だったら、勝てません?」
あ、やっぱり止めとこ。全部説明するの。と、黒田は思う。
「あぁ。一機だったらなぁ」
ため息交じりの、上ずった声。諦めの境地。
「嫌だなぁ。その言い方だと、増えるみたいじゃないですかぁ」
冗談ぽく言って、場を和ませたつもりだ。否定してくれ!
「俺だって嫌だけどさぁ、増えるんだよなぁ。これがぁ」
ダメだった。やっぱりダメだった。増えるらしい。一機見たら、それは三十機いるのと同義らしい。あ、まだ数は聞いてなかった。
黒井は、思わず変な質問を口にする。
「えっ? こいつ『分身の術』でも、使うんすか?」
黒田がプッと吹き出す。
「ちげーよ。オメエ、そこまで高度じゃねーよ。忍者じゃねぇし」
笑いながら答える。場は、和んだようだ。
「じゃぁ、何ですか? 仲間でも、呼ぶんすか?」
「あぁ。そっちだよ」
最悪だ。やっぱり三十匹、いや三十機いるんだ。
「そうなんですか。こんな、無線も、飛ばなさそうな所で?」
右はビル。左を見て、首を傾げる。黒田も首を、左向きからシュっと前に戻す。そして、右手を振りながら説明をする。
「冷静な発想だな。あぁ、だからな、七機がワンチームでさ、近くに展開しているんだよ」
良かった。七機だ。黒井は頷いた。三十機じゃない。
「無線で届く範囲に?」
黒井は手を広げ、無線範囲を示す。それを見た黒田が頷く。
「そうそう。そいつらがさ、わさわさと集まってきてさ」
肩を竦め、集まってくる様を、両手で表現している。
「ブンッ! ですか?」
黒井は、右手を大きく振って見せ、黒田の方を見た。右良し。
「そうだよ。判ってんじゃん」
黒田もそれを見て、右手の人差し指で黒井を指さす。
「嫌だなぁ」
「俺だって、嫌だよぉ」
二人共、喧嘩をしている訳ではないが、再び左右を見る。
右も左も異常なし。
「じゃぁ、見つけたら『先手必勝』で、叩くんすか?」
自衛隊員だったはずなのに、そんなことを言う自分も嫌だが、そこは目を瞑ろう。相手は血も涙もない、ロボットなのだから。
「いや、戦闘にはならないよ」
黒田の返事は、意外だった。黒井はホッとするが、疑問もある。
「えっ? ホントすか?」
じゃぁ、これだけ警戒しているのは何? 右良し。
「あぁ。今から行うのはな、画期的な作戦なんだ」
作戦名、あぁ、決めていなかった。ちっ。左良し。
「へぇ。話し合いでも、するんですか?」
「そんな感じだな」
作戦名『仲良し大作戦』。うーん。いまいち。左良し
「あれですか『撃たないでくれっ!』って、やるんすか?」
白旗があれば、もっと良いかも。それでも黒井は両手を挙げる。
「それも良いけどさ、それは、お前やれよ?」
シュっと指を指される。問題ない。いや、問題あり。怪しいぞ?
「えー。なんか、また、悪いこと考えているっしょー。嫌っす」
苦笑いで黒田を凝視する。
しかし、暗視スコープ越しでは、睨みは効かない。いや、そうでもないのか。黒田は少々慌てている。
「考えてないよ。全然、全く、考えてないよ!」
苦笑いで、両手を振って否定した。怪しい。知ってる。これは、
絶対、信じちゃいけない奴だ。
「ホントですか? パスッて、撃たれないでしょうね?」
黒井は右手で拳銃の形を造り、撃ってリコイルを見せる。
「いや、撃たれるだろ。パスッとさぁ」
それを見た黒田も、右手で拳銃の形を造り、撃ってリコイル。そして、スマイル。頭を反らして、おでこから何かがピューッ! 全身をゆらゆらと揺らす。
おいおい。この爺さんは、どこまで演技を続けるのだ?
黒井は苦笑いで問う。
「それじゃ、話し合いに、ならないじゃないですかぁ」
黒井が拳銃をしまい、両手の平を上にあげる。口はへの字だ。
「お前、コイツと会話したいのか? 面白いヤツだなぁ」
黒田が、前を指さしている。首を軽く振り、面白くないのに、面白そうだと、無理に言っているようだ。
黒井は、黒田を見て、そして、前を歩く自動警備一五型を見上げた。




