アンダーグラウンド(十九)
裏通りを抜けて、表通りに出る。明治通りだろうか。
しかし、ホッとしたのもつかの間。自動警備一五型が角まであと少しの所だった。
「お座り!」
黒田の一言で、二機の自動警備一五型が停止する。ライト消えて辺りは真っ暗になった。
いや、二人のヘッドライトは、まだ点いているが。
「眼鏡くれ」
そう言って、黒田が右手を差し出した。左手でヘッドライトに手をかけている。黒井は頷いた。
「所で俺達、何やってるんですか?」
そう言いながら、リュックから暗視スコープを取り出して、黒田に渡す。黒井も自分の分を取り出した。
目を瞑っても大丈夫。そんな支度をして、ヘッドライトを消灯し、暗視スコープを装着する。
もう黒田は、角の所で進行方向を確認している。
「逆を見てくれ」
「はい」
黒田が指さした方を視認しに行く。本当は、スナイパーを警戒し、鏡を使いたい所であるが、そんな準備はない。
小さくなり、角で様子を伺う黒田と黒井。特に危険はなさそうだ。何も動く気配はない。
無音のまま、時間だけが過ぎて行く。
実は今まで、何の説明もない。
田舎のガソリンスタンド、いや、ガリソンスタンドか。
「ガリソンって何ですか?」
と、話しかけた黒井は、この黒田から笑顔で言われた。
「飯でも食いながら、ゆっくり説明してやるよ」
そう言われ、そのままついて来ただけだ。
まるで子供みたいだと、そう言われても仕方ない。
その時、黒井は無一文。
その上、身分証明書もなければ、土地勘もなかったのだ。
「国民を、守る仕事さ」
黒田の口から、そんな言葉を聞くとは思ってもいなかった。
どうせ、悪いことをしている、悪い奴らなんだろう。とは、薄々感じていた。
だから、自分の経歴は黙っていた。聞かれても「頭が痛い」と、言訳して。
「何から守っているんですか?」
こんな暗い場所で、一体何をしているのだろうか。それに、何と戦っているのだろう。
自衛隊だったはずの黒井は、国民を守ることについては『専門家』だ。むしろ、それしか出来ないと、言っても良い。
「毒ガスさ」
残念。それは専門外。俺は戦闘機乗りなんだよねぇ。いや『だった』が正解か。ん? いやまて。ちょっとまて? 今何て?
「毒ガス?」
思わず聞き直したのだが、黒田からの返事はない。
「こっち来い」
黒田の擦れ声がして、黒井は振り返った。角から片目だけ出して様子を伺いつつ、右手を振って見えない黒井を呼んでいる。
黒井は足元に注意しながら、黒田に近づく。黒田は黒井の気配を感じたのか、そっとその場にしゃがんで、黒井が向うを覗くスペースを確保した。
そして黒井が、黒田の頭の上から通りの向こうを覗き込む。
「見えるか?」
「はい」
通りの向こうで、赤いライトが二つ、動いている。
点滅しているように見えるのは、向こうを見たり、こっちを見たりしているからだろう。
野生の自動警備一五型だ。いや違う。正規の自動警備一五型だ。
違っていないのは、『我々とはお友達でない』こと。
「やるんですか?」
こっちは、自動警備一五型が二機と、丸腰の人間が二人。いや、この『Cー4』を使っても良い。信管に、適当なものがないけれど。
「死にたいのか?」「いいえ!」
直ぐに答えた黒井の方を見る。直ぐ上だ。そしてまた、敵の様子を伺う。黒井は、前を見たままだった。
「まだ、弁当、食ってないですから」「あぁ」
黒井の答えに、黒田が同意した。しかし、直ぐにまた、上を向く。
「そう言う理由?」
そう聞いたまま、上を見続けている。
「はい」
二つの赤いライトが、点滅しながら遠くなっていく。
多分、明治通りを走行しているのだろう。遠ざかって行く。
しかしその赤いライトは、緩やかに右カーブするはずの明治通りを進んでいるはずなのに、真っ直ぐに遠ざかって行く。
「裏道に入ったな」「その様ですね」
黒井が同意する。
「じゃぁ、飯にするか」
黒田が笑顔で提案してきた。黒井は呆れて時計を見る。
「まだ、全然昼前ですよ」
光らない時計を、黒田に見せて笑う。
「そう言う理由?」
いや、理由としては、正しいでしょ。
そう思った黒井は、苦笑いだ。