アンダーグラウンド(十六)
『出会った時の挨拶は、何にする?(キャピーン)』
急に聞かれても困る。しかし黒松が『カンペ』を出して指示。
「髪型、変えたの?」
『あら嬉しい! (キャピーン)』
『チャンチャンチャチャーン・チャッチャラチャッチャーン♪』
『アタックする時は、何て言ってくれるの?(キャピーン)』
おいおい『アタック』って、攻撃か? だよね?
「君のために、今夜は満月にしてあげるよ」
カンペが長い。黒井は恋人にだって、言ったことがない。
『素敵! 期待してるわぁ! (キャピーン)』
『チャンチャンチャチャーン・チャッチャラチャッチャーン♪』
『二人でベッドに入る時は、何て言ってくれるの?(はあと)』
「お座り!」
これか! カンペを見て、黒井は思った。
『ちょっとそれだと、ムードがないと思わない?』
あれ? カンペ通りに言ったのに? ダメなのか?
「それが、君の魅力を最大限に引き出すのさ! (キメッ)」
黒井はカンペ通り『ちょっとかっこ付けて』言った。
『そうだったのね! 私、あなたのこと、好きになっちゃうかも!』
「俺について来なっ!」
『どこまでも、ついて行きます! 黒井ですさん!(はあと)』
『チャンチャンチャチャーン・チャッチャラチャッチャーン♪』
BGMが大きくなって、ハートのマークが回り出す。
『全ての登録が終わりました。末永くお付き合い下さい』
黒松が「OK」サインを出して、立ち上がる。
黒井は溜息をして、苦笑いだ。
「これ、何なんですか?」
多分『登録作業』をしたんだろうと思うが、それにしてもふざけ過ぎだ。
「高度なセキュリティーだよねぇ」
テンキーで仕上げの作業をする黒松が、そう言って顔を上げる。
「えぇー」
黒井はそのマジ顔を覗き込んで、もう一度、自動警備一五型を見つめた。
「これはね、地下警備から鹵獲した物なんだけど、なかなか味方に改造できなくて、苦労したんだよ」
黒松が整備用の蓋を閉じた。
「お座り!」
そう言って、電源を切る。黒井は、ちょっと言ってみたかったが、仕方ない。先に言われてしまった。
「そうなんですかぁ」
それでも黒井は、納得ができない。そんな黒井を見て、黒松がニヤッと笑う。
「ほらね。そう言う人がいるから、乗っ取りとかできないのよ。最高のセキュリティーでしょ? これでさ、仲間にするまでにさ、何人も振られてさ、苦労したんだよ?」
両手を腰にあて、黒松が説明する。きっと黒井も、カンペがなければ『振られていた』ことだろう。
「振られたら、どうなるんですか?」
黒井は何気に聞いた。ちょっと笑いながら。
「こいつで撃たれるか、弾切れの場合は、腕で『バーン』だね!」
黒松は腕を思いっきり振って、『振られた』シーンを再現した。
「え? そんな風になるの?」
黒井の顔から笑顔が消える。自動警備一五型の腕がしなるように振り下ろされては、首が飛んで行きそうだ。
「さっきさ、『チャチャチャン♪』って、鳴ったじゃん?」
ちょっと真似して黒松が歌いながら説明した。黒井が初回登録時に鳴っていた音楽だ。
「はい。鳴ってましたね」
「それ、三回鳴り終わったら、『振られる』からね!」
黒松がそう言いながら、腕をビュッと振った。
「えー?」
そう言いながら、念のため、黒田の方を見る。
「結構、飛ぶんだよねぇ」
そう言いながら、黒田が腕を振って、遠くを見る仕草。
隣では、黒沢も頷いているではないか。
どちらも笑顔なのが、逆に怖い。おいおいおいおいおい!
「じゃぁ、もう一台、登録しようかっ!」
後ろから黒松の声がして、黒井は真顔で振り返った。
『チャンチャンチャチャーン・チャッチャラチャッチャーン♪』