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8.悪役令嬢の別荘で

 あれから数日。パーティの日はもう明日に迫っている。

 私は家政頭のクレアさんから途切れることなくあれこれ雑用を言いつけられ、コマネズミのように働いている。

 イヴェット様はあの時のことを少し気にしているようで、何かというと私の故郷やら両親やらの話を尋ねるようになった。

 とはいえ、辺境の田舎ゆえに特筆すべき話題は少なく……代わり映えのない話ばかりになってしまうのだけど。


「はあー、イズミちゃんに会いたいなあ」


 夏休みはあと半月と少しを残すほど過ぎた。

 窓の外は、夏らしい鮮やかな青い空だ。しばらくは夏の嵐もないだろうと、誰かが言っていたことを思い出す。

 いよいよ明日はパーティだ。その準備が、これほどたいへんだとは知らなかった。貴族のパーティって。食事と場所用意して飾り付けるだけじゃないんだとしみじみ実感した。


「キトリー、ちょっと来てちょうだい」


 明日使う食器を確認していたら、数人の使用人を連れたイヴェット様が現れて、私を呼んだ。はい、と返して、すぐにその後に続く。

 向かったのは、二階の端の、普段使っていないこまごました調度を置いてある部屋だった。


「大伯母様から手紙が届いたの。ここに置いている絵を送ってほしいって」

「絵、ですか?」

「ええ。急な話になったのは、手紙の到着が遅れてしまったせいね。

 以前話したと思うけれど、大伯母の元婚約者だった王子殿下――リュシアン・デュ・ヴァルドヴィス殿下の肖像画なの。それほど大きくない絵よ。大伯父様と結婚した際に一枚だけ残したものが、この別邸にあるのですって」


 手でおおよその大きさを示して、イヴェット様が言う。

 ただ、どこにしまってあるのかは不明なので、ひとつひとつ確認しながら探す必要があるらしい。


「明日のパーティにはフィストロフ侯爵閣下もお招きしているから、その時にお渡しできるよう、準備しないといけないのよ。

 キトリーも手伝ってちょうだい」

「でも、私が見てわかるんでしょうか」

「王子殿下おひとりの肖像画で、王家特有の金の髪に深い紫の目の若い姿で正装されているそうだから、すぐにわかると思うわ」

「はい」


 部屋の鍵を開けて、絵画をまとめて置いてある場所に向かう。

 絵はもちろん、額縁も高価なので、ひとつひとつ油紙と布で丁寧に梱包されてるものを、ひとつひとつ解いて確認して梱包しなおして……で探していくから、手間と時間のかかる作業だ。

 だいたいの大きさがわかっているだけマシだけど。


 全員で黙々と絵を解いて確認して梱包して……と作業を続ける。

 額装された絵は意外に重い。手が滑って絵を傷めるような事故があってはまずいから、基本ふたり一組で作業を進めている。


「あれ――?」


 ようやくそれらしい絵を見つけて、画面を覗き込んだ私が思わず声を上げると、一緒に作業をしていた使用人が「こちらのようですね」と頷いた。

 でもこれ、二十代くらいの男性で、やわらかそうな淡い金髪に深い紫の瞳と涙黒子で……この人どこかで見たことがあるどころか、どこからどう見ても――


「イズミちゃん? なんでイズミちゃんの絵がここにあるの?」

「キトリー? いずみちゃんというのは? この方を知っているの?」


 大きく目を見開いて絵を凝視していた私は、ハッと顔を上げる。

 使用人に呼ばれて、いつの間にかイヴェット様がすぐ横に来ていた。


「あの、その――」

「キトリー?」


 私の視線は絵とイヴェット様をうろうろと交互にさまよってしまう。

 なぜこの絵の男性を知っているのかと問うイヴェット様の視線があっても、私は絵を見てしまうのをやめられない。


「あの、この方を知ってるわけじゃなくて、私が知ってるのはイズミちゃんで、イズミちゃんは精霊で、でも、なんで王子様がイズミちゃんの顔してるのか、わからなくて――」


 私は頭に浮かんだことをそのまましどろもどろに垂れ流してしまう。

 イズミちゃんはただのサポート役の泉の精霊なのに、どうしてもう亡くなった王子様と同じ顔なのか――どこからどう見ても、顔立ちも色合いも描かれている表情もイズミちゃんだとしか思えない。まさか、亡くなった王子様が“泉の精霊”になったというのか。

 でも、イズミちゃんの背景設定にそんなものはなかったはずだ。

 さっぱりわからない。

 まさか、私が“泉の精霊”だと信じていた相手は、亡くなった王子様の亡霊だったのだろうか。なんであの泉に自縛っているのかわからないけれど、私は精霊だと早合点した亡霊相手に、夜な夜な攻略相談をしていただけなのだろうか。

 たしかに、ゲームのサポキャラ“泉の精霊”は、声だけの存在だったし……

 サポキャラじゃなくてただの亡霊なら、攻略が進まなくて当たり前だ。



 * * *



「――では、その“泉の精霊”とかいうものについて、お話しなさい」


 結局、イヴェット様の追求を免れることはできなかった。

 見つけた絵は梱包を解かれたまま運ばれて、今、目の前に立てかけてある。

 明るい光のもとで見たら雰囲気はちょっと違うけれど、やっぱりイズミちゃんにしか見えない。

 人払いまで済ませて言葉を待つイヴェット様に、私は小さく溜息を吐いた。


「信じてもらえるかわからないんですけど……」

「それは話を聞いたわたくしが判断することよ。まずは話してみなさい」

「はい――」


 観念した私は、腹を括ってこれまでのことを話しだす。

 もっとも、前世でゲームがどうこう言っても理解できるかは不明なので、「なぜかはわからないが今の状況を物語と知っていたので、泉にいたこの顔の幽霊っぽい存在を泉の精霊だと思い込んでいた」といいう説明に変えてはいるが。

 ついでに、魔女の復活の話もしてしまう。ここに及んで“災厄の魔女”を隠していてもしかたないんじゃないかと思ったからだ。

 なお、私がヒロインだとかいう話はしていない。さすがに恥ずかしすぎる。


「あの、イヴェット様?」

「一考の余地はあるわね」


 だが驚いたことに、イヴェット様は私の話を荒唐無稽すぎると一蹴してしまうことはなかった。


「この話は、殿下にも共有するわ」

「え」

「王家が関わっているなら、わたくしの判断だけでここで止めてしまうことはできなくてよ」

「でも、まずは侯爵閣下にお話してご判断いただくとか――」


 ふ、とイヴェット様が笑った。


「“災厄の魔女”がお伽噺などではなく過去たしかに存在していたことくらい、王家に近い貴族であればたいていの者が知っているわ」

「そうなんですか?」


 私は目を瞬かせる。たしかに、前世の記憶が戻る以前の私も“災厄の魔女”なんて大昔の何かを誇張したお伽噺でしかないと考えていた。


「ええ。後日場を設けるから、お前がこの話を殿下になさい。その時に、お前もなぜ魔女がお伽噺でないかを理解できると思うわ」


 思わずゴクリと喉が鳴ってしまう。

 ここは単なる乙女ゲーム世界で、私はヒロイン転生をしてしまっただけだと考えていた。ただ、故郷のことがあるから必死に攻略しなきゃいけないだけで、私がどうにかして魔女が活動始める前に私がヒロインを全うできさえすれば、皆丸く収まって八方大団円だと考えていた。


 でも、もしかしてそれだけでは済まないのだろうか。

 ゲームの設定集にすら書かれていなかったことがあるのだろうか。

 ――イズミちゃんは本当に五十年前亡くなってしまった王子様の亡霊で、どうしてかあの泉に地縛霊になっていて、もしかして、イヴェット様の大伯母様だという前侯爵夫人と会ったら記憶全部思い出して昇天しちゃったりするんだろうか。

 イズミちゃん、いなくなっちゃうのだろうか。

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