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ヒロインですが、攻略とかどうでもよくなりました  作者: 銀月


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7/14

ようやくシナリオ通りに……?

 イヴェット……様の傘下に入ると決めてから三日、ようやく攻略に入れるかもしれない、なんて思える状況に変わってきた。

 なぜなら、イヴェット様が私をそばに呼ぶので、必然的に攻略対象たちと近づくことができるからだ。


 これならイケるんじゃないだろうか。

 この際、王太子でも誰でもいいからじわじわ好感度を上げて、二年後、好感度が最大になったと思しき攻略対象を連れて魔女討伐に出れば――


「キトリー嬢?」


 私はハッと顔を上げる。ついつい今後の計画に思いを馳せてしまい、目の前のことがおろそかになっていたらしい。


「キトリー嬢の番が来たのだけれど……ほんとうに大丈夫かい?」

「もちろん、大丈夫です!」


 今は剣術の講義である。将来を見越して全方向の能力育成をスタートしたがゆえ、現在、剣術講義を受講している。

 そして「剣術」なので、もちろん、ここにいる九割九分――いや、私以外は全員が男子、しかも騎士を目指すような男子生徒ばかりだ。

 木剣を手に、私は運動場に待つ剣術師範に一礼をする。


 王太子殿下を攻略すると魔女より先にイヴェットから処されそうだと判断した私は、「二年後に一番好感度の高い攻略対象」を狙う方向へ、方針を変えた。

 ゆえに、二年後誰と組むことになっても問題ないよう、座学も魔法も体術も剣術も、全スキルカンストを目指す勢いでの育成が必要となったのだ。

 難易度爆上げというやつである。

 とはいえ、最初から全スキルカンストは目指す予定だったけど。


 それから、この国に女性の騎士というものは、ほぼいない。

 ごく稀に騎士家の女性が女性王族の護衛を務めるために訓練し、その地位に着くことがあるけれど、本当に「ごく稀」なことである。

 だから、剣術師範が私を見る目もどこか胡乱だった。こいつ何のつもりだと顔に書いてあるくらいに胡乱である。


「ではキトリー・アルザン、私に打ち掛かってみなさい」

「はい!」


 私はぎこちなく剣を構えて地面を蹴った。

 当然だが、剣術には縁のない生活を送ってきたから、構え方やらの基本なんてわからない。見よう見まねで適当である。


 ――が。


 剣術師範の表情が変わった。

 私の、剣筋なんてたやすく見切れる程度の素人の打ち込みを受けて、剣術師範は一瞬で木剣を両手に持ち替えて構えまで変えた。

 軽く受けて調子を見ようかとでも考えていたのを、滑らせて力を逃がしつつ捌くほうへと変えたためだった。


 ガツッという派手な音と共に、私の手がビリビリ痺れた。思ったよりも衝撃が少なかったのは、剣術師範がうまく力を逃したからだろう。


「キトリー・アルザン、それは強化魔法か?」

「はい」


 訝しげな剣術師範に、私は内心で首を傾げながら頷いた。

 剣術その他武術の講義は強化魔法ありきだと聞いている。咎められるようなことはしていないはずだ。


「魔法の講義では、まだ基礎と初歩のみしかやっていないと聞いたが――」

「はい。なので、復習を兼ねて平常時も強化魔法を掛けたり切ったりしています」


 剣術師範の表情が一瞬で呆れたものに変わる。


「キトリー・アルザン……そんなことをしたら魔力切れになると思うのだが」

「大丈夫です! 一日くらいなら十分持続できますし一晩寝れば完全に回復するので、問題はありません!」

「……そうか? いや、それは大丈夫なのか?

 だが、今は講義であって戦いの場ではない。剣術の基礎を学ぶ間は、剣を振るのに必要最低限で抑えるように。自分を過信して消耗しすぎては元も子もないぞ」

「わかりました!」


 要するに、私の強化がやり過ぎだったらしい。やり過ぎたうえに、いろいろ自分を過信しすぎだと思われたらしい。

 ともあれ、技術を学ぶ前に、パワーで押し勝つ脳筋戦法に偏って甘えるなというのはもっともだ。たしかに、来たるべき未来の魔女戦に単純なパワーだけで勝てるなら、ナレ死なんて起こらない。しっかりと剣術スキルも上げていかないと。




「アルザン嬢は、さすがド・アマンス嬢がスカウトするだけあるな。まさかそこまでの魔力量を持って生まれる平民出身者がいるとは、予想もしなかった」


 基本の素振りをしながら、攻略対象の一人で王太子の側近候補、そして軍務省長官の子息でもあるユーグ・ド・ベルトリシャンがにこりと微笑んだ。

 攻略対象のいわゆる騎士役であり、うまく育成すれば近距離物理攻撃では一番の性能を発揮する脳筋枠でもある――設定だ。


 剣術師範は全員の力を確認すると、ペアを作らせた。今期は何をするにもこのペアが基本単位となるらしい。

 今はひと通りの形をお互い確認しながら素振りをするという基本フェーズだ。ユーグと組むことになったのは、たぶんゲーム補正というやつだろう。もしかしたら一番基礎のできてる生徒と組ませたほうが事故が起こりにくいという、学園の都合かもしれない。

 だが、現在、色っぺー雰囲気なんてものはカケラもない。

 ユーグにとっての私は、あくまでも「イヴェット様や王太子殿下が興味を持っているおもしれーかもしれない平民」でしかないのだ。


「そんなに違うものなんでしょうか」


 故郷ではほとんど誰も魔法なんて使ってなかった。

 使ったとして、かまどに火をつけたり、洗い終わった洗濯物を絞ったり、水汲みのためにちょっと力を強くしたり……そんな、家事雑事をちょっとだけ便利にするような、そんな魔法だけが主流だったのだ。

 前世のアニメだとかマンガだとかに出てくるような「攻撃魔法」は、魔力量がガッツリあったうえで専門の勉強と訓練を受けないと使えない難しい魔法である。ゆえに、貴族でもないとそんな勉強も訓練も無理だというのが常識だった。


 だから私も、「魔力量がすごい」と言われても、どのくらいすごいのかはあまりピンときていない。

 見たことない海の大きさを引き合いに出されて、「あの海と同じくらいすごい」と言われてもピンと来ないのに似ている。


「――例えば、先ほどのアルザン嬢のように、最大限力を出せる強化を掛けたとして、貴族の平均的な魔力量では一時間程度もたせられればいいほうだ。

 二時間もたせようとすれば、魔力が底をついて動けなくなるだろうね」

「え……」

「そして、そこまで魔力を消耗すれば、回復にも数日かかるのが普通だ」

「でも……」

「だから、師範はアルザン嬢に最低限で抑えるように言ったんだろう」


 その程度しかもたないものだなんて聞いてない。


 剣術師範が私の受け答えを特に言及せず済ませたのは、私が魔力量を盛って話していると考えたからだろうか。

 でも、私はそんなもの盛ってない。事実、私はあのまま一日過ごしても気絶なんてしないし、一晩寝れば魔力も満タンまで回復する。


 ユーグの言う平均がそれなら、私の魔力量は確かにおかしいくらい多いということになる。魔力の回復速度もおかしい。

 ゲームではレベルと魔法系スキルを伸ばせば最大MPもゴリゴリ上がったし、一晩休めば全回復していた。だから今の私も寝れば全回復するのだろうか。もしやまさかHP……怪我も、寝るだけで全回復する?

 これも全部ゲーム補正というやつなのか。

 自分がちょっと気持ち悪い。


「そこまで規格外の魔力量なんて、あなたが本当に平民なのか疑わしくなるね」

「そこは本当に平民ですとしか……父にも母にも心当たりはなかったので」


 ゲームの設定本にも、ヒロインの出自は「平民出身」としか書いてなかった。

 この異常なまでの魔力量と回復能力は、魔女を倒した後に聖女の称号をつけるための布石かもしれない。

 しかしそれでも「ゲーム補正」以外に理由が思いつかない。

 私のこの魔力、どこから来たものなんだろう。せめて設定本に「生まれながらにして女神のご加護のおかげで」くらい書いておいてくれてもよかったのに。


「あなたのご両親も知らないくらいの先祖に、誰かやんごとない血筋の方がいるのかもしれないな」

「はあ……」


 ユーグは苦笑を浮かべて肩を竦めた。

 脳筋騎士枠の攻略対象にしては、丁寧で紳士的な態度だ。ゲームでは一人称は「俺」だったし、今は猫を被っているだけかもしれない……好感度がたいして上がってない今だからこそ。


 それよりも。


「ド・ベルトリシャン様は軍務長官閣下の御子息なんですよね。将来はやはり王太子殿下付きの近衛騎士ですか?」


 ユーグは少し誇らしげな表情で「ああ」と頷いた。


「きっと、ずっと幼い頃から鍛えてこられたんですよね」

「そうだね。私は殿下をお守りする役目を果たすため、毎日鍛えている。剣の腕だけなら、兄上以上だという自負もある」


 話を聞きつつ、問題は、その兄上がどの程度で、毎日鍛えているユーグが今どれくらいの強さかだと考える。

 ゲームなら一覧画面でスキルレベルやらのステータスが簡単にチェックできたが、今はそんなステータス画面なんて無いことは確定している。

 このユーグをどうやって煽れば、カンストまで鍛えさせられるだろうか。


「ええと、じゃあ……ド・ベルトリシャン様は熊と一騎討ちして難なく勝利できるくらい強いってことでしょうか」

「――え? くまって?」

「あの、熊です。山の中とか森の中とかでたまに遭遇する」


 ユーグが顔をやや引き攣らせて「熊、か」と呟いた。

 その表情に、私は失敗したことを悟る。

 考えてみたら、「熊より弱いんだ?」と言われたからと躍起になって自己鍛練に走る騎士っているのだろうか。

 田舎娘丸出しの例え過ぎただろうか。

 熊以外に強そうな何かを知らないのだからしかたない。


「いや、さすがに熊と一騎討ちはしたことがない……なかなか森や山には入ることは少ないからな。

 つまりアルザン嬢の“強い”の基準は、熊との一騎討ちなのか」

「あ……その、私が知ってる中で一番強い生き物が、熊なので……」


 ユーグは抑えきれないという様子で肩を震わせる。

 恥ずかしさに赤面しながらも、私は、これは怪我の功名でユーグの好感度が上がったんじゃないかと考えた。


 あ、そうだ。今日から夜の自主練には剣の素振りも加えよう。

 イズミちゃんなら、剣の型も見てくれそうだし。



 * * *



「――っていうわけで、脳筋枠のユーグはいけるかもって思ったんだ」

「それは、君が言うところの“おもしれー女”枠に入れたってことかな」

「たぶんね。だから、王太子がダメだったら騎士コースで行こうかなって」


 夜を待って、私はさっそくイズミちゃんに報告した。

 イズミちゃんはなんというか、微妙な顔で私の話を聞いている。


「でもね、やっぱり強さの基準がよくわからなくて。保険も兼ねてカンスト状態で挑みたいんだけど、どこまで強くなったらカンストかも不明なんだよね」

「もう打ち止めだと思えるくらい強くなるって、聞きようによってはすごいけどね。それ以上の伸び代がもう無いくらい鍛えたということだろう?」

「うん。ゲームじゃ一応レベル上限もスキル値上限もあったんだ。

 魔女戦はカンストしてなくても勝てるけど、さすがにリセット無さそうな状況だし、ギリの戦闘は避けたほうがいいと思うから……」


 イズミちゃんは、ふむ、と考える。

 いつもどこか半信半疑な顔で私の話を聞いているけど、魔女のことだけはかなり真剣に捉えているようだ。


「魔女との戦いには、必ず“好感度”が一番高い男性と臨む必要がある?」

「一応、エンディングで“後に英雄と聖女と呼ばれるようになりました”ってモノローグが出てくるから、ペアが前提なんだと思う」

「物語として、そのほうが美しいというわけだね」

「そう、それ! でも、なんで?」


 イズミちゃんには、初めて会った時から何度もゲームシナリオの話をしている。

 今さら、そこを気にしてどうするんだろう。


「でも、この世界は君が知っているシナリオとはずいぶん違った道筋を辿っているよね。それなら、その攻略対象の男性全員を連れて戦うのはだめなのかな」

「――え?」

「味方が多くなればなるほど、戦いは楽になるものだろう?」


 イズミちゃんはにっこりと笑う。

 使えるものを全部使うことが、戦いを有利にするのだと言って。


「それはそうだけど……でも、このゲームに逆ハーエンドなんてなかったし」

「ぎゃくはー?」

「攻略対象全員を攻略して、全員恋人状態にするってこと」

「ああ、なるほど」

「それに、逆ハーはなんかちょっと、恋愛とは違うなっていうか」


 私は一度に何人も好きになれるほど器用じゃない……と思う。

 たしかに、前世の朧げな記憶では逆ハーを題材にした話はいろいろあった。そういうエンドがある乙女ゲームもあった……と思う。

 でも、全員を満遍なく好きって、つまり全員を満遍なく好きではないのと同じじゃないかと思えてしまうのだ。魔女を討つために恋愛しようとしている私が言うのも変だけど。


「ま、それはそれ。ちょっとイズミちゃんに教えてほしいんだけど」

「なんだい?」

「こう、剣と魔法同時使用というか、並行運用のコツってある?」

「……それは、まだ君には早いんじゃないかな」

「でもさあ、今年中になんとか形にしたいんだよねえ。ソロ魔女戦にも備えなきゃいけないし。で、考えたんだけど、剣と魔法両方並行運用できたら、強いしかっこいいでしょ? 悪即斬! って決め台詞言いながら魔物を一刀両断とかさ」

「そんなにうまくいくものではないよ。どうしてもというなら、まず、合間に小さな魔法を使いこなしてからだね」

「えー、そっかなあ。やっぱり一足飛びにはいかないかあ」

「当たり前だよ」


 イズミちゃんは、今日もまた呆れた顔で笑った。


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