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5.ようやくシナリオ通り、と思ったら?

 イヴェット……様の傘下に入ると決めてから三日、ようやく攻略に入れるかもしれない、なんて思える状況に変わってきた。

 なぜなら、イヴェット様が私をそばに呼ぶので、必然的に攻略対象たちと近づくことになるからだ。


 これならイケるんじゃないだろうか。

 この際、王太子でも誰でもいいからじわじわ好感度を上げて、二年後、好感度が最大になったと思しき攻略対象を連れて魔女討伐に出れば――


「キトリー嬢?」


 私はハッと顔を上げる。ついつい今後の計画に思いを馳せてしまい、目の前のことがおろそかになっていたらしい。


「キトリー嬢の番が来たのだけれど……ほんとうに大丈夫かい?」

「もちろん、大丈夫です!」


 今は剣術の講義である。

 「剣術」なので、もちろん、ここにいる九割九分――いや、私以外は全員が男子、しかも騎士を目指すような男子生徒ばかりだ。

 だが、私は「二年後に一番好感度の高い攻略対象」を狙うことにしたので、全方向の能力を育成しなければならない。

 ゆえに、二年後誰と組むことになってもいいように、座学も魔法も体術も剣術も、全スキルカンストを目指す勢いでの育成が必要なのだ。

 難易度爆上げというやつである。


 木剣を手に、私は運動場に待つ剣術師範に一礼をする。


 この国に女性の騎士というものは、ほぼいない。

 ごく稀に、騎士家の女性が女性王族の護衛を務めるために訓練してその地位に着くことがあるけれど、本当に「ごく稀」なことである。

 だから、剣術師範が私を見る目もどこか胡乱だ。

 こいつ何のつもりだと顔に書いてあるくらいに胡乱だ。


「ではキトリー・アルザン、私に打ち掛かってみなさい」

「はい!」


 私はぎこちなく剣を構えて地面を蹴った。

 当然だが、剣術に縁のない生活を送ってきたから、構え方やらの基本なんてわからない。見よう見まねで適当である。


 ――が。


 剣術師範の表情が変わった。

 私の、剣筋なんてたやすく見切れる程度の、素人の打ち込みだ。

 なのに、剣術師範は一瞬で木剣を両手に持ち替えて構えまで変える。

 本来、まともに受け止めようとしていたところを、打ち掛かった私の木剣を受けてそのまま滑らせるようにして捌くためだ。


 ガツッという派手な音と共に、私の手がビリビリ痺れた。思ったよりも衝撃が少なかったのは、剣術師範がうまく力を逃したからだろう。


「キトリー・アルザン、それは強化魔法か?」

「はい」


 訝しげな剣術師範に、私は内心で首を傾げながら頷いた。

 剣術その他武術の講義は強化魔法ありきだと聞いている。咎められるようなことはしていないはずだ。


「魔法の講義では、まだ基礎と初歩のみしかやっていないと聞いたが――」

「はい。なので、復習を兼ねて平常時も強化魔法を掛けたり切ったりしています」


 剣術師範の表情が呆れたものに変わる。


「キトリー・アルザン……そんなことをしたら魔力切れになると思うのだが」

「大丈夫です! 一日くらいなら十分持続できますし一晩寝れば完全に回復するので、問題はありません!」

「そうか。だが、今は講義であって戦いの場ではない。剣術の基礎を学ぶ間は、剣を振るのに必要最低限で抑えるように」

「わかりました!」


 要するに、私の強化がやり過ぎだったらしい。

 技術を学ぶ前にパワーで押し勝つ脳筋戦法に偏って甘えるなということか。

 たしかに、来たるべき未来の魔女との戦いに単純なパワーだけで勝てるなら、ナレ死なんて起こらない。

 しっかりと剣術スキルも上げていかないと。




「アルザン嬢は、さすがド・アマンス嬢がスカウトするだけあるな。まさかそこまでの魔力量を持って生まれる平民出身者がいるとは、予想もしなかった」


 基本の素振りをしながら、攻略対象の一人で王太子の側近候補、そして軍務省長官の子息でもあるユーグ・ド・ベルトリシャンがにこりと微笑んだ。

 攻略対象のいわゆる騎士役であり、うまく育成すれば近距離物理攻撃では一番の性能を発揮する脳筋枠でもある。


 剣術師範は全員の力を確認すると、ペアを作らせた。今期は何をするにもこのペアが基本単位となるらしい。

 今はひと通りの形をお互い確認しながら素振りをするという基本フェーズだ。

 ユーグと組むことになったのは、たぶんゲーム補正というやつだろう。


 もっとも、色っぺー雰囲気なんてカケラもなくて、あくまでも「イヴェット様や王太子殿下が興味を持っているおもしれーかもしれない平民」でしかないけど。


「そんなに違うものなんでしょうか」


 たしかに、故郷ではほとんど誰も魔法なんて使ってなかった。

 使ったとして、かまどに火をつけたり、洗い終わった洗濯物を絞ったり、水汲みのためにちょっと力を強くしたり……そんな、家事雑事をちょっとだけ便利にするような、そんなもの主流だったのだ。

 前世のアニメだとかマンガだとかに出てくるような「攻撃魔法」は魔力量がガッツリあったうえで専門の勉強と訓練を受けないと使えないような難しい魔法で、そういうのは貴族でもないと使えないというのが常識だった。


 だから、私も「魔力量がすごい」と言われても、どのくらいすごいのかはあまりピンときていない。

 見たことない海の大きさを引き合いに出されて、「あの海と同じくらいすごい」と言われてもピンと来ないのに似ている。


「――例えば、アルザン嬢が師範に打ち掛かった時と同等の強化を掛けたとして、平均的な魔力量であれば一時間程度もたせられればいいほうだ。

 二時間もたせようとすれば、魔力が底をついて動けなくなるだろうね」

「え……」

「そして、そこまで魔力を消耗すれば、回復にも数日かかる」

「え、でも、私……」

「だから、師範はアルザン嬢に最低限で抑えるように言ったんだろう」


 平均でそれなら、確かに私の魔力量はちょっとおかしいくらいに多いということになる。魔力の回復も、おかしいくらいで……


 もしかして、ゲームでは一晩休めば魔力は全回復してたから、今の私も寝れば魔力全回復するんだろうか。

 これもゲーム補正というやつなのか。


「そこまで規格外だと、あなたが本当に平民なのか、疑わしくなってくるよ」

「そこは、本当に平民ですとしか……父にも母にも心当たりはなかったので」


 ゲームの設定本にも、ヒロインの出自は「平民出身」としか書いてなかった。

 魔女を倒した後に聖女の称号がつくから、そのための布石なんだろうけど、「ゲーム補正」以外に理由が思いつかなくてたしかに気持ち悪い。

 私のこの魔力、どこから来たものなのか。

 せめて設定本に「生まれながらにして女神のご加護のおかげで」くらい書いておいてくれてもよかったのに。


「あなたのご両親も知らないくらいの先祖に、誰かやんごとない血筋の方がいるのかもしれないな」

「はあ」


 ユーグは苦笑を浮かべて肩を竦めた。

 脳筋騎士枠の攻略対象にしては、丁寧で紳士的な態度だ。

 もっとも、ゲームでは一人称も「俺」だったし、今は猫を被っているだけかもしれない。好感度がたいして上がってないからだろう。


 それよりも。


「ド・ベルトリシャン様は軍務長官閣下の御子息なんですよね。将来はやはり王太子殿下付きの近衛騎士ですか?」


 ユーグは少し誇らしげな表情で「ああ」と頷いた。


「きっと、ずっと幼い頃から鍛えてこられたんですよね」

「そうだね。私は殿下をお守りする役目を果たすため、毎日鍛えている。剣の腕だけなら、兄上以上だという自負もある」


 問題は、その兄上がどの程度で、毎日鍛えているユーグが、今どれくらいの強さかということだ。

 ゲームなら一覧画面でスキルレベルやらのステータスが簡単にチェックできたが、今はそんなステータス画面なんて無いことは確定している。


「ええと、じゃあ……ド・ベルトリシャン様は熊と一騎討ちして難なく勝利できるくらい強いってことでしょうか」

「――え? くまって?」

「あの、熊です。山の中とか森の中とかでたまに遭遇する」


 ユーグが顔をやや引き攣らせて「熊、か」と呟いた。

 その表情に、私は失敗したことを悟る。


「いや、さすがに熊と一騎討ちはしたことがない……なかなか森や山には入ることは少ないからな。

 つまりアルザン嬢の“強い”の基準は、熊との一騎討ちなのか」

「あ……その、私が知ってる中で一番強い生き物が、熊なので……」


 田舎娘丸出しの例え過ぎたか。

 ユーグは抑えきれないという様子で肩を震わせる。

 恥ずかしさに赤面しながらも、私は、これは怪我の功名で、ユーグの好感度が上がったんじゃないかと考えた。



 * * *



「――っていうわけで、脳筋枠のユーグはいけるかも、って思ったんだ」

「それは、君が言うところの“おもしれー女”枠に入れたってことかな」

「たぶんね。だから、王太子がダメだったら騎士コースで行こうかなって」


 夜を待って、私はさっそくイズミちゃんに報告した。

 イズミちゃんはなんというか、微妙な顔で私の話を聞いている。


「でもね、やっぱり強さの基準がよくわからなくて。保険も兼ねてカンスト状態で挑みたいんだけど、どこまで強くなったらカンストかも不明なんだよね」

「もう打ち止めだと思えるくらい強くなるって、聞きようによってはすごいけどね。それ以上の伸び代がもう無いくらい強いってことだろう?」

「うん。ゲームじゃ一応レベル上限もスキル値上限もあったんだ。

 魔女戦はカンストしてなくても勝てるけど、さすがにリセット無さそうな状況だし、ギリの戦闘は避けたほうがいいと思うから」


 イズミちゃんは、ふむ、と考える。

 いつもどこか半信半疑な顔で私の話を聞いているけど、魔女のことだけはかなり真剣に捉えているようだ。


「魔女との戦いは、必ず“好感度”が一番高い男性と臨まなくちゃいけないもの?」

「一応、エンディングで“後に英雄と聖女と呼ばれるようになりました”ってモノローグに出てくるから、ペアが前提なんだと思う」

「物語として、そのほうが美しいというわけだね」

「そう、それ! でも、なんで?」


 イズミちゃんには、初めて会った時から何度もゲームシナリオの話をしている。

 今さら、そこを気にしてどうするんだろう。


「でも、この世界は君が知っているシナリオとはずいぶん違った道筋を辿っているよね。それなら、その攻略対象の男性全員を連れて戦うのはだめなのかな」

「――え?」

「味方が多くなればなるほど、戦いは楽になるものだろう?」


 イズミちゃんはにっこりと笑う。

 使えるものは全部使うことが、戦いを有利にするのだと言って。


「それはそうだけど……でも、このゲームに逆ハーエンドなんてなかったし」

「逆ハー?」

「攻略対象全員を攻略して、全員恋人状態にするってこと」

「ああ、なるほど」

「それに、逆ハーはなんかちょっと、恋愛とは違うなっていうか」


 そう、私は一度に何人も好きになれるほど器用じゃない……と思う。

 たしかに、前世の朧げな記憶では確かに逆ハーを題材にした話はいろいろあった。でも、全員を満遍なく好きって、つまり全員を満遍なく好きではないのと同じじゃないかとも思えてしまうのだ。

 魔女に勝つために恋愛しようとしている私が言うのも変だけど。



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