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4.シナリオどおりって難しい

 イヴェットはそれきり通常モードに戻り、いつも仲良くしているご令嬢方との歓談を始めた。午前の授業もつつがなく過ぎた。

 いったい何の目的での呼び出しなのか、わからなさすぎて怖い。


 王太子はというと、教室でちらりと見ると必ず目が合うので、王太子は私をものすごく意識しているか私の視線に超速で反応しているかだった。

 意識されているのなら良いのだけど。




 イヴェットからの呼び出しは、午後の空き時間中である。

 そこで彼女が特に仲良くしているご令嬢方とサロンで簡単なお茶会をするとかで、私が呼ばれたのはその席らしい。

 「ご案内します」と迎えに来てくれたイヴェットの侍女が、そう話してくれた。

 もちろん、私にお茶会をつつがなくやり過ごせるほどのスキルはない。


「本日は、お招きいただきまして――」

「あら、今日は正式な場ではないのだから、堅苦しいあいさつは無しでよくてよ」


 良くて吊し上げだろうか――なんてガチガチに緊張していた私を、イヴェットはにっこりと微笑んで気持ちよく迎えてくれた。


 本当にただのお茶会なのか。

 生意気な平民に軽くジャブを繰り出す会ではないのか。


 侍女が引いてくれた椅子におずおずと腰を下ろして伺い見ると、イヴェットがくすりと笑った。

 同席しているご令嬢方もさざめくように笑った。

 嫌な笑い方じゃないのは救いだった。


「なぜ招待されたのか、不思議で仕方ないという顔だわ。そうね……最初に、単刀直入に言ってしまったほうがいいかしら」


 私は必死にこくこくと何度も頷いた。

 貴族っぽく婉曲かつ遠回しに言われても、ちゃんと理解できるかわからない。

 変に優しくされても怖すぎる。


「昨日の魔術学の試験、あなたが殿下に次いで良い成績だったでしょう?

 正直に言わせていただくと、入学して数ヶ月の平民があそこまでしっかりと学べているとは思っていなかったの。とっても驚いたわ」

「はい……その、後見してくださったジャルニー伯爵閣下の恥となってはいけないと思いまして……でも、自分でもまさかあんなにできるとは……」


 どう答えれば正解なのかがわからない。ゲームの中にこんなシチュはなかった。

 というか、悪役というより身分的に優位に立つ、ライバルポジションの彼女(イヴェット)とヒロインが仲良くなる展開なんてなかったし。

 会話の目的が読めなくて、もごもごと歯切れが悪くなってしまう。


「ヴァレリー殿下もとても驚いていらしたのよ。貴族のような環境もないというのに、これほど努力と能力のある者もいるのだなとおっしゃって――」


 また、イヴェットが微笑んだ。

 今度は何か含むような微笑みだ。

 つまり、ここからが本題か。


「だからわたくし、考えたの。

 ジャルニー伯はとても良い人材を見つけ出したようね。魔力検査から入学までの時間はあったと言っても、それだけでここまで学べる者はそういないわ」

「はあ……」

「だからキトリー、わたくしと仲良くいたしましょう?

 あなた次第ではあるけれど、将来的にド・アマンスの文官としてむかえるのでも、わたくし付の侍女として迎えるのでもいいわ。ジャルニー伯に加えてわたくしの家が後見になっても良いと判断されれば、ゆくゆくは王宮に詰めることも夢でないわよ」


 ――これは青田買いのふりをして首輪を付けるというやつだ!


 能力があって王太子の関心を得た私を、今のうちにイヴェットの配下に加えて好き勝手できないように鈴を付けるための、首輪をつけるつもりなのだ。

 私がヒロインでなければ二つ返事でホイホイ乗っかっただろう。

 だが、ヒロインである以上、いつか彼女と対立することになる。何しろ、私は王太子を攻略予定なのだから。

 飼い主の手を噛んだ犬を、侯爵家が見逃すわけがない。


「その――」

「どうかしら?」

「青天の霹靂と言いますか、思ってもみなくて……私、将来はジャルニー伯の元で、学んだことを役に立てるんだと思ってて……」


 しかし、下手なことを口走ればたちまちおもしれー平民認定からヤバい平民認定に格上げされてしまう。

 かといってイヴェットの庇護下に入ってしまえば、セルフ育成にも攻略にも不自由することになると予想できる。


「わたくしと懇意になるのは、ジャルニー伯にも良いことなのではないかしら」


 イヴェットはぐいぐい押してくる。

 もしや私が王太子狙いのヒロインとわかって、こうも押してくるのだろうか。


「その、そこまで買っていただけるのはとても光栄で、でもあんまり急でびっくりしちゃって……父さんたちのこともあるし、もう少し落ち着いて考えてからお返事してもよろしいでしょうか。

 それに、伯爵閣下にも一度お話しないと、勝手をしたって思われたら……」


 それもそうね、とイヴェットは少し残念そうな表情になる。

 もしかして本当に私を買ってくれている……なんてことはあるのだろうか。


「たしかに、ジャルニー伯にもひと言話を通すべきだったわ。でも、きっと伯にとってもあなたにとっても悪いことではないと思うの。

 伯にはこちらからもひと言送っておくわね。良い返事を期待しているわ」


 そこで、私をイヴェットの派閥に加えるという話は一時棚上げとなった。

 イヴェットにとっても、伯爵には事後承諾で構わないと言うほど絶対の話ではないということだろう。

 とはいえ、これはほぼ決定したも同然かな……



 * * *



「というわけで、先に目をつけられて首根っこ押さえられちゃった感じなんだけど、どうしよう。これって王太子殿下に何かちょっかい出したら、サクッと潰すぞってことだよね。物理的にというか、生命的にというか」

「順当に考えてそうだろうね」


 夜、さっそくイズミちゃんを訪ねた私は、昼間のイヴェットとのやりとりを説明した。イズミちゃんは心なしか呆れた顔をしていたようだ。


「そもそも、侯爵家のご令嬢が本気で君を排除したいと思ったら、あんなみみっち――児戯のような嫌がらせをする必要なんてないからね。

 それも、自分自身や取り巻きの令嬢たちの手でなんて、わかりやすい方法でこそこそするわけがない」

「やっぱりそういうもんだよね……わかりやすくやるつもりなら、どうどうと衆目の中でやるよね。周りへの牽制も兼ねて」

「そのとおりだよ」


 学園に通うようになってちょっとわかったけど、自分の手を汚さずに本気で目障りな平民を消す方法なんて、上位の貴族ならいくらでも持ってるのだ。


 事故や病気で死ぬことが珍しくない世界で、たまたま学園に通うことを許された平民が、たまたま暴漢に襲われたり暴れ馬に轢かれたりするくらい、ありがちな日常である。毒を仕込んで「病死」にだってできる。

 この世界、魔法はあるけど科学捜査はないのだから。


 そして、わかりやすい嫌がらせは衆人監視の中でわざとやって、こいつは我が家の敵であると見せつけるためにやるものだ。

 もちろん、そうなればなったで、侯爵家に近しい誰かが気を利かせた結果、私は消されることになるわけだ。


 つまり、王太子攻略の入り口にすら立ってない私なんて、ヘタを打った瞬間に秒殺どころか瞬殺なのだ。

 社会的にも生命的にも。


「よし、決めた」


 私は腹を括ることにした。

 知ってるシナリオから外れることにはなるが、シナリオ開始前に存在を消されるよりずっといい。


「私、イヴェット様の派閥に入ることにするわ」

「うん、妥当な選択だと思うよ。ド・アマンス侯爵家は、国内でもかなりの権勢を誇っている。彼女の庇護下に入れば間違いなく君の守りになるだろうね」


 イズミちゃんにするりと返されて、私は彼の顔をまじまじと見上げる。


「なに?」

「イズミちゃんて精霊のくせに現実的で、貴族の勢力事情にも詳しいんだね」

「ああ――そういえば、この国のことならひと通りはわかるみたいだ」

「ほんとに!? じゃ、サポキャラの記憶が戻ってきたってことかな!?

 よかったあ、ちょっと安心した」

「それは……どうなんだろうね?」


 イズミちゃんは困ったような表情で首を傾げる。

 単なる泉の精霊が貴族の細かい事情まで知ってるとは考えにくい。

 だったら、サポキャラとしての記憶が蘇ったからこそ、そういう権勢とか勢力みたいな事情がわかるようになったと考える方が自然だろう。


 ともあれ、これで私も安心して攻略に励めるんじゃないかと、そう考えたのだ。


「イズミちゃんがしっかりしてくれれば、私も安心して育成と攻略がんばれるよ。これからもよろしくね」


 イズミちゃんは、やっぱりちょっと困ったような顔で微笑んでいた。


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