マジレス返される
泉の精霊くん(推定十代後半から二十代前半?)はキラキラ輝くようなイケメンだった。癖のある金……いや、銀にも見える淡い金髪に、暗い紫の瞳。
それから、涙黒子まである、雰囲気のあるイケメンだった。
ゲームじゃ男とも女ともつかない加工された声だけで、見た目設定なんてなかったから、こんなイケメンだとは思わなかった。
さすが乙女ゲーム。名前があればモブまでイケメンなのか。それとも、精霊だからすごいイケメンなのか。
ちょっと透けてるけど。
「考えてみても、わからないな」
「そんなの困る!」
だがしかし、これからどうすべきかと助言を求めてみたけどこれだ。
サポートキャラさえいれば安心だと思ったのに。
「困ると言われても僕だって困るよ。そもそも、何の好感度でヒントなのかすらもわからないのに、何を言えと?」
「うっ」
私の心にほんのちょっぴりヒビが入った。
そりゃまあ確かに、いきなり好感度いくつですかなんて聞かれたら、相手の頭の中身を疑うだろう。
「――ステータス、オープン」
「ん?」
念のため呟いてみたけれど、もちろんステータスウィンドウなんて開かない。ゲームじゃボタン押せばいつでも自分のステータスは見られたけれど……。
「わかった。わかんないけどわかった。少なくともゲームシステムは使えないっぽいことはわかった。でもイズミちゃんがサポキャラなのは間違いないと思うから……とにかく、私の相談に乗ってよ」
「話を聞くくらいならできるけど……イズミちゃんて僕のこと?」
「そうだよ。“泉の精霊”って呼びにくいし、公式SNSでもファンの間でも皆そう呼んでたし、だからイズミちゃん」
精霊くん改めイズミちゃんは、軽く顔を顰めただけで何も言わなかった。
そのかわり、話を促すように私を見る。
「えーと、じゃあ背景設定から説明するね」
私はゲームスタート時に語られる、このヴァルドヴィス王国の現状を説明する。
一見平和に見えるけど、その実“災厄の魔女”の封印は破られていて、完全復活まで秒読み中であること、その“魔女”を倒せる力を持ってるのは私ことヒロインのキトリーだけであること、でもそのためには攻略対象の誰かと良い仲になって好感度をガンガン上げていかなきゃ戦いにもならないこと――
「で、私を鍛えるだけならなんとかなるの。私が私を鍛えるんだし。体力はひとりで走ったりすればいいだけだし、魔力は保健のサンドラ先生に相談してなんとかなったし、でも……」
そう、体力はなんとかなる。勉強も、図書館とかで自主学習できるし、教師に教えてもらうこともできる。
魔力も、サンドラ先生の講義を申し込んだおかげで、先生に相談することができた……私は基礎からやらなきゃいけないせいで、パスカルとは別に講義を受けることになったから、講義を通して彼と近づくのは、やっぱり無理だったけど。
もっとも、サンドラ先生がの専門は、回復魔法とか魔力とかについてではなく、呪いとか魂とかのちょっとおどろおどろしい方面らしい。
先生にそんな設定あったかな?
というか、勉強も魔法も「貴族なら基本的に家庭教師からある程度基本を教わってからここに入学するから」って……ヒロインなのにいろんなことがこんなに周回遅れでいいのだろうか。
「ずいぶんがんばっているんだね」
「うん……でも、攻略だけは自分じゃどうにもならなくて。そもそも私、初日の出会いイベント全部失敗してるから」
そう、攻略対象全員の出会いイベントを、あれからもやり直しを試みてみようかな――なんて思っていたけど甘かった。
冷静に考えて、攻略対象の彼らは王族とその側近たちなのだ。末端貴族にすら引っかからない木端のごとき私なんて、普通に考えて相手にされないのである。
最初にやり直しを狙った時、完全な不審者ムーブにしかならないと自覚した私は、早々に諦めたのだった。
「全部当たり前じゃないかな」
「わかってる……貴族としてはそれが普通なのはわかってる……!」
乙女ゲームの中がおかしいだけで、イズミちゃんも「どこがおかしいの?」と首を傾げるくらいには普通である。
「それでも私は王太子殿下を攻略しないといけないの!」
イズミちゃんが、はあっと大仰に溜息を吐いた。
精霊でも溜息を吐くのか。
「君の言う“乙女ゲーム”というものが“脚本”のある物語的な何かだということは、なんとなく理解した。その中で、君がその“攻略対象”のひとりを選び、愛情を育てた結果“魔女”を倒すことができてハッピーエンドとなる物語なのだということも。
これで、僕の認識は合っているかな?」
「うん、そう! そんな感じ!」
「そこでひとつ確認をしたいのだけど」
「うん」
「君の言う“好感度”とは、君に対する“攻略対象”側の愛情の深さのことでいいかい?」
「そう! それ! 乙女ゲームだから恋愛してなんぼだしね!」
「そう言う割に、君が恋しているようには見えないんだけど」
「え――」
「恋をしていないのに、相手からの好感度も何もないんじゃないかな?」
何か言い返そうと思っても、何も出てこなかった。
当たり前だ。私は恋なんてしていない。来たる魔女戦に備えて、攻略対象の誰でもいいから籠絡しようと考えているだけだ。
「でっ、でも好感度上がらないと魔女戦自動敗北しちゃうし」
「好きでもないのに好きだとアプローチしても、相手はあまりいい印象を持たないんじゃないかな?」
「それは――」
そんなのわかってる。
わかってるけど、好感度が上がらないと、故郷が魔女に焼かれてしまう。
どうしたらいいかわからなくて黙り込んでしまった私に、イズミちゃんは小さく吐息を漏らした。
「――まずは、君自身がちゃんと相手を見て、恋をするところからじゃない?」
「恋?」
「だって、脚本通りだというなら、君が相手に恋をするところから始まるんだろう? つまり、まだ何も始まってないってことじゃないか」
イズミちゃんの言うことはもっともだった。
攻略対象に恋をするのが乙女ゲームなのに、私は恋なんてしてない。
「じゃあ、私が恋をすればゲームが始まって攻略できるってこと?」
「わからないけど、そういうことなんじゃないの?」
攻略の進まない原因がわかって、私はホッとした。
「よかったあ……さすが記憶がなくてもサポートキャラだね。イズミちゃんが出てきてくれて助かったあ……」
「そう?」
イズミちゃんがくすりと笑った。
さすが乙女ゲームのネームドモブ。月光に浮かび上がるイズミちゃんは絶世の美男と言っても差し支えないほどだ。
攻略対象でもないのにドキッとするくらい、きれいだった。
「私がんばる。明日からちゃんと王太子殿下を見て、恋をして、攻略する。で、ゆくゆくはどこも焼かれないように魔女を倒す」
「がんばって」
応援の言葉はどこかおざなりだったけれど、私は力強く頷いた。
身体と頭と魔法と……とにかく全部を鍛えつつ、王太子殿下に恋をして、攻略する。それが、魔女を倒すにあたっての私の目標だ。
「それじゃ、今日はありがとう。また明日もよろしくね!」
「え……ああ、うん」
握手をしようとしても半透明なイズミちゃんの手は握れなかったのでので、代わりにぶんぶん手を振って私は寮へと戻った。
背後ではイズミちゃんが「嵐みたいな子だな」と笑って呟いていたけど、振り返らなかった私はもちろん気づいていなかった。
* * *
翌日からは、さっそく王太子殿下の攻略を始めるための準備に取り掛かった。
よくよく考えてみたら、私は王太子殿下の顔しか知らないのだ。
ゲームなら出会いイベントで一目惚れのはずが、私は一目惚れに失敗してしまった。失敗した以上、王太子殿下をちゃんと知って惚れるしかない。
幸い、魔力の強さとヒロイン的に出来のいい頭のおかげで、クラスは同じだ。
だから、王太子殿下を観察して、その為人に惚れ込むのだ。
決意も新たに、私はしっかりと王太子殿下を観察した。
王太子殿下は、さすが王道ヒーローだけあって、顔も振る舞いも何もかもが素晴らしい。もしかして人間じゃないのでは? なんて考えるほど、できたお方で――
「アルザン嬢」
私は王太子殿下を見つめながら、さてどうやって、と考える。
「アルザン嬢?」
「え、あ、はい!」
慣れない家名呼びにようやく気づいて、私は跳ね上がるように返答した。
本来、由緒正しい庶民である私に家名なんてないが、伯爵閣下が後見となる時に家名をくださったのだ。
ゆえに、“キトリー・アルザン”が、入学するにあたっての私の名前である。
もっとも、私の振るまいからは、家名になんてこれっぽっちも馴染んでないことが丸わかりだが。
「先ほどからずっと私を見ているようだが、何か気になることでも?」
私を呼んでいたのは、王太子殿下だった。
観察はしててもぼんやりと考えながらだったせいで、認識が遅れたのだ。
「えっと、その」
「アルザン嬢?」
言い淀む私を促すように、王太子殿下が呼びかけてくる。側近である攻略対象たちはもちろん、クラス中の高位貴族のお嬢様方からの圧も感じる。
その中には当然のごとく、王太子殿下の婚約者候補筆頭であるイヴェット・ド・アマンス侯爵令嬢からの圧もある。
「その、その……私、まさか自分が王太子殿下と同じ教室で学べるようになるなんて思ってもいなかったから、未だに夢見てるみたいだなって……雲の上の方と机を並べて学べるなんて、奇跡だなって……」
「ああ、なるほど」
焦りで頭が回らないながらも、ちょっとヒロインぽさを意識して答えてみたけれど、どうやら正解だったらしい。ゲームみたいに選択肢からポンと選べたら楽なのにな、と考えつつ、ついつい安堵に吐息を漏らす。
まだ攻略をスタートしてない以上、不敬罪にも気をつけなければ始まる前にゲームオーバーの可能性だってあるのだ。
母さん父さんジャルニー伯爵閣下それから女神様、どうかうまくやれますように。
「――でも、そういう視線ではなかったように感じたんだけれどな」
「え」
息を呑む私に視線を合わせた王太子殿下は、くすりと笑って囁いた。
「図星という顔だ」
「そ、そんなことは」
「平民というのは、皆、君のように人を観察するものなのかな?」
私の背からぶわっと汗が噴き出した。
これ、不審人物とかではなく、単なる「おもしれー女」枠にカテゴライズされたんだったら良いのだけれど。
王太子殿下はくっくっと機嫌良さそうに笑うと、それっきり自分の席に戻ってしまった。
私はここでどうすべきなのか……選択肢も何も出てこない以上、自分で考えて行動しなきゃいけないけれど、今やゲームの状況とは変わってしまっている。
正解もわからず、ただ曖昧に笑ってぺこりとお辞儀をしただけで、私もそれ以上王太子殿下のほうは見ないようにした。
これ以上、無闇に絡んで不敬で処されるのはまず過ぎる。こんな序盤も序盤の魔女戦の気配すらない段階でゲームオーバーは、ヘタクソにもほどがあるのだ。





