初日イベントのやり直しを要求したい
ともかく、入学初日に起こったはずの各攻略キャラとの出会いイベントを起こさなければいけない。
いかに攻略方法がわからないとはいっても、さすがに各キャラとの出会いイベントくらいならわかる。本当の初日は昨日だけど、一日くらいずれたところで、きっと誤差だよ誤差。
――なんて思っていたこともありました!
まず、王太子殿下。王道のメイン攻略対象である。
入学の日、門前でうっかりぶつかってしまったキトリーは、翌日、おわびをしようと手作りのクッキーを手に王太子殿下に話しかけて……
無理でした!
まず、「手作りのクッキー」を用意できない。寮の厨房はあるけど当然のごとく勝手に使用できないし、「お菓子を作りたいので」という申請だって通らない。
当然である。
ここに集うのは貴族の子女であり、一部の高位貴族以外の子女を預かっているのだ。勝手に厨房を使わせて置かれている食材――中には実家から持ち込まれた特別な食材だってある――に何かされてはたまらない。
ゆえに、学生が厨房に出入りすることは禁じられているのだ。
おまけに、相手は王太子殿下、次期国王である。
いかに同じクラスになれたとはいえ、線引きは必須だ。ふらふらと近寄って気さくに話しかける……なんてことは許されない。学友としてそばに侍るのは特定の選ばれた学生のみで、護衛だってついている。
もちろん、平民の作った食料を渡すなんて言語道断である。
学内の平等とは学問の平等であり、当然のごとく身分の平等ではないのだ。
よくある「学内では身分も平等なんですよね!」などとなれなれしく近寄れば、自分のみならず実家にまで累が及んでしまう。
次に、王太子殿下以外の攻略キャラはどうか……こっちも無理でしたー!
彼らは王太子殿下の側近で、授業等の都合が許す限り、当然のように王太子殿下と行動を共にしている。
つまり、王太子殿下に近づけない以上、彼らにも近づけない。
もちろん、「出会いイベント」の再現は試みてみた。
廊下ですっ転んでみたり、ハンカチを落としてみたり……という、あるあるなやつだ。
だが、すっ転んでもハンカチを落としても当然スルーされるだけだった。
見かねた低位貴族のモブ生徒に「大丈夫?」と声かけされただけに終わった。
三回くらいチャレンジはしたけど、唯一接触できた一回は、真面目にすっ転んでしたたかに膝を打った私を見かねた王太子殿下に命じられて、ゲームなら背景でしかない護衛の騎士さんが手を貸してくれたというものだ。
さらには、騎士さんに「またお前か」みたいな顔をされてしまい、自分がただの不審者であることはよく理解できた。思わず「靴が合ってないみたいですみません」と言い訳めいた言葉を口にしてしまったため、今後この手は使えない。
唯一、なんとか成功……したかどうかは微妙だけど、出会いイベントとは違う形で接触できたのは、神祇省長官子息であるパスカル・サン・ベルヴィットだ。
彼はヒーラータイプなので、回復とバフに特化しているキャラである。彼を攻略するなら、私はタンクとDPS、どっちもこなす方向で自分を育成しなきゃいけない。
* * *
昨日、ぶっ倒れた時に言われたとおり、私は保健室を訪れた。
少し前にしたたかに打った膝もついでに診てもらおうとも考えていた。
「サンドラ先生、キトリー・アラザンです」
「どうぞー」
コツコツとノックをして名乗りを上げて、返事を待ってから扉を開ける……と、中にはサンドラ先生だけでなく、もうひとり男子生徒がいた。
王太子殿下の側近で攻略対象である、ヒーラー枠のパスカルだ。
「アルザン嬢、調子はどう……って、足をどうかしたの?」
「ちょっと、転んじゃって、膝を打っちゃいました」
昨日と同じ調子のサンドラ先生が私の歩き方に目を向けて軽く眉を寄せる。てへへと笑う私に「あのねえ」と呆れた声を出した。
「いい年の淑女が転ぶなんて、あなた何をしたの」
「いえ、その、なんというか……」
「まだ調子がおかしいのかしら? いいからこっちにいらっしゃい」
サンドラ先生の手招きに応じて、パスカルには軽く会釈をしつつ近寄ると、彼も目礼を返してきた。
「ちょうどいいわ。アルザン嬢、サン・ベルヴィット令息の講義に協力してもらえるかしら?」
「講義、ですか?」
「ええ、私が彼には回復系の魔法その他の講義をしているの。あなたの膝の怪我、講義に使わせてもらうわね?」
「それは構わないですけど――」
もしかして、実践で教えているのだろうか。
「その、私も一緒に聞いてよいですか?」
魔法についての学びは、これまで伯爵閣下の付けてくれた家庭教師から基礎の基礎を教えてもらっただけだ。なるべく大急ぎで全ジャンルを鍛えるために、時間はいくらあっても足りない。
「あら? あなたも回復魔法に興味があるの? 攻撃魔法ではなく?」
「はい! アザなら両膝分できてるので、数は足りるかと!」
「あのねえ……」
ふふっと笑って、サンドラ先生は「まあいいわ」と頷いた。
パスカルは、軽く首を傾げて、私をじっと見ている。
たしか、パスカルとの出会いイベントは……キトリーが迷い猫を保護しようとして引っかかれた手の傷を、彼が見かねて回復魔法で癒やしてくれる、というやつだったはずだ。
――今考えると、入学初日にイベント詰め込みすぎではないだろうか。
ま、これで彼と近づけるなら、三回すっ転んだ甲斐があるというものだ。
この世界の魔法の基本はイメージなのだと、基礎の基礎を学んだ時に教えられた。魔法の効果を具体的にイメージするためにも座学は重要なのだとも。
そして、魔法の主流として人気なのは攻撃魔法で、バフやデバフ、回復といったジャンルの魔法は地味な後方支援の魔法として軽く見られがちである――と、家庭教師からの講義からは感じられた。
サンドラ先生が、回復魔法の基礎について説明してくれる。
この学園でも、回復やバフ、デバフといった支援系の魔法の講義は不人気らしい。学生たちは攻撃魔法のようなわかりやすく派手な攻撃魔法を学びたがるからだ。
ゆえに、一般的な回復魔法以上に、専門にそれを学びたいと考える生徒には、サンドラ先生自らがこうして講義することもあるのだとか。
「アルザン嬢はまだ魔法を学び始めたばかりでしょう? だから、今は聞くだけよ。聞いたうえで本格的に学びたいと考えたなら、改めて申し込みなさい」
「はい!」
サンドラ先生は、私をベッドの上に足を伸ばして座らせると、膝以外の部分をタオルで覆ってしまった。さすが、気配りの養護教諭である。
それから、私の膝のどでかいアザを指さしつつ、回復魔法を使う際のイメージ方法、魔力の使い方、何に注意すべきかをゆっくりと説明する。パスカルはそれを真剣な表情で、ときおり質問を挟みながら、ひとつひとつノートを取る。
そのうち、片方のアザを、サンドラ先生が回復魔法でゆっくりと回復させた。じわじわとアザが小さくなり、普通の肌の色に変わっていく。同時に感じていたズキズキという痛みが消えていく。
てっきり、パスカルの回復魔法の練習台になるのかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
実際に魔法で怪我を直す課程をサンドラ先生が説明するための見本として、私のアザを使うようだ。
私も、サンドラ先生の話をしっかりと聞きながら、回復魔法を掛けられる感触を覚える。この先、自分がうっかり怪我をしたら、自分で治してみようかな、なんて考えながら……
「実践は、しっかりと魔力制御を学んでからよ」
まるで心を読まれたかのように言われて、私はこくこくと頷いた。パスカルも真面目な顔で頷いた。
「次は、必要な魔力が足りなかったパターンよ。アルザン嬢は、私が責任持って完全に回復させるから、少し我慢してちょうだい」
え、我慢? と聞き返す間もなく、サンドラ先生がもう片方の膝に魔法をかけた。「魔力が足りなかったパターン」というから、ちょっとアザが残っちゃう程度に考えていたら、痛みが急に強くなったように感じて焦る。
「せ、先生……痛い……なんかすごく痛い、です……」
「そうよ。必要な魔力が足りないと、痛みだけが強くなってしまうの。もちろん、完全な回復に足りないとわかっていても傷を塞がなければいけない、生命に関わることはあるけれどね」
「痛いです……先生……アザはちょっとだけなのに、なんで……」
「はい、ごめんなさいね、アルザン嬢。今治すわ」
ちょっと涙を浮かべつつ、ようやくアザの消えた膝をさすりながら、私はサンドラ先生をじっとりと見つめた。
この程度のアザがこんなに痛むのに、それでも中途半端に治さなきゃいけないことがあるなんて……。
「この程度のアザでも相当痛むようですが、それでも魔力不足を覚悟して治さなければならない場合とは?」
脂汗を滲ませつつもようやくひと息吐けた私を見て、パスカルが質問した。
「もちろん、とにかく傷を塞がないと生命に関わるときよ。たしかに、度を超した痛みでショック死する可能性もあるでしょうけどね」
「回避策はないのですか?」
「今のところ、見つかっていないわね」
ゲームのHP回復魔法は、小ヒール、大ヒール、完全ヒールの三段階だった。もちろん、MPと相談で、治しきれないとわかっていても小ヒールを使ったりすることは多かった。
あれ、こんなに痛くなる魔法だったんだ……。
膝をさすりながらしみじみ考える私に、「アルザン嬢、大丈夫ですか?」とパスカルが心配そうに尋ねる。
「え。あ。大丈夫です! でも先生、“十分に治せる魔力量”って、どう判断すればいいんですか? こんなアザ程度でも結構痛いのに、血が出るような怪我ならもっと痛いんじゃないんですか?」
「余裕があるなら、少し過剰だと思えるくらいの魔力を使うの。自分の実力と制御に自信があって経験を積めば、ギリギリを判断することもできるようになるわね」
「制御力と経験……」
アレか。小ヒール、大ヒール、完全ヒールって、そういう区分けをゲームシステムに落とし込んだものなのか。
「もちろん、術者のイメージ力によっても必要な魔力量は変わるわね。だから、魔法に具体的なイメージは重要なのよ」
はあ……と頷きつつ、私はイメージ力か、と考える。
そこから、もう少し突っ込んだ、回復に必要な知識……つまり、前世の現代医学からするとかなり大雑把な医学的内容の講義を聞きながら、「もしかして、医学とか回復のしくみとかあやふやなところが多いから、半端に治すとめちゃくちゃ痛いのでは?」と考えていた。
これは、あとで検証してみようと思う。自分の怪我で。
そして、このサンドラ先生の講義でご一緒できたことで、パスカルとはお近づきになれたんじゃないかと思っていた。
「アルザン嬢には、痛い思いをさせてしまってすまなかった」
「いえ、私も、うっかりの怪我で有意義な講義を受けられて幸運でした」
なんてやり取りをして別れたから、ひょっとして、と思ったのだ。
でも、翌日、王太子殿下の側近として侍るパスカルには近づけなかった。もちろん、彼のほうから近づくこともなかった。
乙女ゲー世界なのに、線引きがしっかりしすぎている。
やっぱりサポキャラがいないと攻略とか無理過ぎる!
早くサポキャラと会わなきゃ!
* * *
サポキャラである“泉の精霊”に会うためには、入学して最初の満月の夜に、学園の中庭にある噴水へ行けばいい。水面に映る満月にコインを一枚投げ入れて、この世界を作った女神への祈りを唱えれば、泉の精霊が現れて――
「何回コイン投げてもなかなか現れないし、もうシナリオスタートから三ヶ月も経っちゃったんだよ! その間、ひとりどころか全員塩対応なままで攻略進んだ気配はないし、一番鉄板の王太子すら声かけするスキも無くて、もうどうしたらいいか全然わかんないの!」
テンパった私が今の事情をぶちまけても、“泉の精霊”はぽかんと呆気にとられた顔をしているだけだった。
挙げ句の果てに、サポートキャラが何かどころか「自分が泉の精霊なのかもわからない」って……
「サポキャラが記憶喪失とか、どうなってるの!? バグ!?」
私はこれからいったいどうやって攻略を進めればいいのだ。





