3.おもしれー女?
「おもしれー女ならともかく、不審者認定されたんだとしたら、どうしよう」
夜、私はさっそくイズミちゃんのもとへと相談に走った。
もしやあの王太子、王道攻略ルートのキラキラ王子様というだけではなく、腹黒キャラだったのか。
おかしくない?
腹黒メガネといったらふつう、宰相子息がそのポジションだよね?
「――ハラグロメガネというのが僕の想像と一致しているなら、別におかしくないと思うけれど?」
「だって、王子ポジなら普通キラキラいい人イケメンで、付いても俺様属性ってところじゃない? 腹黒く陰謀巡らすとか宰相ポジションの役目じゃない?」
「君の知識には、かなりの偏見が混じっているようだね。
たしかに、宰相は内政を統括する立場だ。だから、人の行動の裏をある程度読んで各貴族家間の利害などを調整する能力も必要とされる。
けれど、王ならそれ以上に周囲の状況を見て適切に采配する能力が必要だろう。でなければ、傀儡の王になってしまうんだから」
「だから王太子もその方面はバッチリって?」
腹黒の主人は腹黒でなければ務まらない理論、というやつかな。
さすがサポキャラのイズミちゃん。人間の事情もよく知っているらしい。
「話を元に戻すと、君が不審人物と認定されたのは間違いないね」
「え」
「貴族よりも大きな魔力を持つ平民ということで、間違いなく君は注目されているし怪しまれてもいる」
噴水のへりに腰掛ける私の顔を、イズミちゃんが腰をかがめて覗き込む。
イズミちゃんは意外に背も高い。
「そこに、王族を気にするような振る舞いだ。王家に取り入ろうとしていると判断されても無理はない」
「え、困る……いやまあ、乙女ゲーム的な意味では確かに取り入るつもりだけど、正直、魔女さえ倒せばあとはどうでもいいし」
「――やっぱり、恋にすらなってないようだね」
イズミちゃんの言葉に、私は溜息で応えた。
「だってさ……恋ってしようと思ってするものじゃないじゃない?
今日一日王太子見てたけど、腹黒っぽいの別にすれば普通にイケメンだし普通に王子様だし普通にいい人だし、ヒロインが一目惚れするのはわかるんだ。
実際、私も王子様と目が合うとすごくドキドキするし」
「何も問題なく、そのまま行けば恋になりそうだけど」
「そうなんだけど、なんか……なんか足りないの。もう一押し欲しいっていうか、ドカンと背中を押す何かがないっていうか」
難しい顔で考え込んでしまう私に、イズミちゃんは不思議そうに首を傾げた。
たしかに、体当たりを受け止めて優しく微笑んでくれたあの瞬間はときめいた。
ものすごくときめいた。
たぶん、“キトリー”のまま前世のことなんて思い出さなかったら、王子様に憧れて、その憧れはそのうち恋に変わって乙女ゲームを走れただろう。
王子が腹黒だったとしても、恋に落ちた“キトリー”なら「頭いい! すてき!」で終わるだろうし。
だが私は前世を思い出してしまった。
思い出したらあっという間にときめきが引いて、後に残ったのは「攻略しなきゃヤバい」という思いだけだったのだ。
もしかして私、このゲームクリアできないんじゃない?
――今日一日王太子を観察してて湧きあがったのは、そんな気持ちだけである。
「イズミちゃん……私、恋できる気がしない。
ゲーマーだった自分を思い出しちゃったせいで、なんかこう、ときめきとかそういう乙女心が遠のいちゃった気がする。
このままじゃ戦いにもならないで魔女に負けちゃう」
イズミちゃんは困ったように眉尻を下げる。
そうだよね。ヒロインに好感度と攻略法は教えられても、恋の仕方なんて教えられるわけないよね。
サポキャラなんだし。
「その魔女が表に出てくるまで、あと二年半……だったっけ?」
「そう。最終学年の夏の終わりにジャルニー伯爵領の端っこにある私の村が焼かれるのが、最初の事件だよ」
入学から三ヶ月経った今はもう夏が始まっている。
だから、実際はあと二年ちょいしかない。
二年で誰かを攻略して、同時にヒロインのパワーも仕上げなきゃいけない。
「なら、二年の間に、その攻略対象たちが強くなるように煽りつつ、君自身も鍛えつつ、恋をする方法を見つけることだね」
「それかあ……」
王太子から、不審人物ではなくおもしれー女認定されてるんならワンチャンある――かもしれないし。
* * *
イズミちゃんと話して一晩考えて――いや、実際はすぐ寝たけど、私は決めた。
王太子に目をつけられたとしたら、今さら本来のヒロインらしくぶりっ子しても無駄だろう。なら、おもしれー女枠に賭けるしかない。
それに、私が惚れなくても向こうが惚れてくれれば好感度は勝手に上がるんじゃないだろうか。勝手に好感度上げてもらって毎日好き好き大好きされれば、きっとさすがの私でも恋してしまうに違いない。
それならなんとかなりそうだ。
教室に入る私を、王太子がちらりと見た。
その視線を受けて、私は落ち着いて礼を返す。
あくまでも礼節を弁えた態度をとりつつ、しかし試験結果や成績で王太子を大きく引き離して「なんだこの平民女」と思わせるところから始める――育成型ヒロインの伸び代とポテンシャルありきの作戦である。
幸い、昨日の件で王太子の関心は引いている。
それに、私は育成パートにこそ手を抜かない女なのだ。
いける。
きっといける。
きりりと気合を入れた顔で正面を見据えて、私は攻略へと思いを新たにした。
「――はずなんだけど」
その夜も、私はイズミちゃんに相談をしていた。
まるで相談女だなと自嘲の笑みが浮かびそうだが、イズミちゃんは精霊だしフリーだし攻略対象じゃないから問題はない。
「何かあった?」
「王太子はさすが王太子だった。抜き打ちの小テスト、ギリ敗北……悔しすぎる」
そう、今日は魔法学の抜き打ちテストがあったのだ。
入学してからずっと、私は己の育成を頑張っていた。出来うる限り王太子はじめ攻略対象を追いつつ勉学その他に励むというのは、なかなかの難易度である。
だが、私はヒロインだからいける、きっといけるとがんばったのだ。
加点や出題にも、身分の忖度はないはずだ。
なのに。
「幼少時から高度な教育受けられるってずるいよね! それだけでチートだよね! 私がまともに勉強したの、伯爵閣下の後見が決まってからだし!
それに、前世で得したって思えるの、勉強の仕方と算術くらいなんだよ!」
前世で生きてたのはこの世界ではなく魔法のない別な世界だった。
ゆえに、地理学や歴史学では当然の如く前世の知識なんて使えない。
前世の、数学以外の理系科目や国語だって役に立つわけなかったし、錬金と魔術は学園で初めて触れた学問でもある。
故に、幼い頃から基礎教育を受けていた貴族たち――それも、高位貴族や王族は、ヒロインである私の数歩どころか周回で先を行ってるのだ。
「それで王太子と成績を争えるってだけですごいと思うけど?」
「争えるだけじゃだめなの! 私がはるか引き離した成績を取ることで、王太子に『こいつ何者だ、デキるな』と思わせてからスタートする作戦なんだから!」
「――それは、目的に対してどうなんだろう?」
「ライバルとして認識していたはずがいつのまにか……っていう、王太子にも私にも有効な一石二鳥を狙った作戦なのに、ギリじゃそこまで意識してもらえないじゃない! そこは引き離してこそでしょ!」
「そうかな?」
イズミちゃんは懐疑的な表情で首を捻る。
だが、こいつは侮れないと思わせてこそ、意識するというものではないのか。
「――そりゃまあ、前世で読んだラノベみたいに、婚約者候補のイヴェット様にいじめられたとこを助けてもらうとかいう作戦も考えたよ。
でも、ご令嬢にいじめられた程度で泣くヒロインが魔女と戦えるわけないよね?
キャラ崩壊は良くないと思うんだ」
「たしかに、一理あるね」
「あと、イヴェット様って当然だけど雰囲気からしていいとこのお嬢様で、そんないじめみたいなみみっちいことしそうにないし、それに、よく考えてみたら、私が目障りなら伯爵閣下ごとプチって潰しにくるだろうし、それはダメかなって」
今度は苦笑を浮かべたイズミちゃんは、私と同じことを考えたらしい。教科書破りみたいないじめは、いくら子供でも貴族としては稚拙にすぎるよね。
「あと、私の現状から想像するに、いじめられましたー! って王太子に泣きついたところで、助けてくれるとは限らないし」
「意外に冷静に考えているんだ」
当然だ。私は吹けば飛ぶような下々の民なのだ。
私がやらかせば、伯爵閣下は躊躇なく切り捨てるだろうし、故郷の両親だってどうなるかわからない。
最大限、保身に注意しつつ攻略を進めなきゃ、どう転んでも未来はない。
ハードモードすぎる。
* * *
さて、今日の攻略は……と、そんなことを考えながら教室へ入ると、私を待ち構えている人がいた。
王太子の婚約者候補筆頭と目される、イヴェットだった。
「キトリー・アラザン様、ごきげんいかが?」
学園の生徒は基本的に同じデザインの制服を着用することになっている。
が、同じ製造元から購入するわけではなく、あくまでも「同じデザインの制服」というだけなのだ。
ゆえに、さすが侯爵令嬢――私が来ているものとは、生地の品質も縫製も段違いだ。素人目にも身体にしっかり合わせた上質なものを着ている。
端的に言って、めちゃくちゃかわいい。
キツめの顔立ちなのに猫っぽくて物凄くかわいい。
おまけにいい匂いもする。
「おはようございます、キトリーです。ただのキトリーとお呼びください」
ド・アマンス侯爵家のご令嬢から様付けで呼ばせたままでいたら、周りの視線が怖い。私は慌てて名前を呼び捨ててくれと返す。
「そう? ではキトリー、今日はわたくしのサロンへいらっしゃいな」
「――へ?」
思わず空気が漏れるような声で返答すると、イヴェットは軽く眉を顰めた。
ゆるふわ美人なお嬢様のしかめ面、かわいい。
「いえあの断るとかそういうことではなく、私が、その、お邪魔してもいいようなところなんでしょうか?」
「わたくしのサロンへわたくしが招待するのに、誰が文句を言うのかしら?」
「ええと、もちろん、そうかもしれませんけど、でも……」
「いらっしゃるわね?」
「――は、はい」
イヴェットはにこりと微笑む。花のような笑みってやつだろう。
それにしても、私、まさか王太子じゃなくて悪役令嬢候補に「おもしれー女」と思われたのだろうか?